5.

高校生になってからというもの三年間特別な用事以外に土日遊びに出かけたことはない。なんでって言われても遊園地に行くなら空いている日に行きたいから平日に行くし。
と、いう訳で私は今日もコンビニでバイトである。まあ祝日は昼間から入れるしはやく帰れるから嬉しいんだけど。
昼間を過ぎるとお客さんがどっと減って暇になる。そんな時に沢山のものが入ったカゴがレジ台にのせられる。

「あっ…いらっしゃいませ!」「Hi. Can you speak English?」

ひええ、と叫びたくなった。英語話せる?その言葉こそ聞き取れるがそこから話せる気がしない。

「あ、えっと…May I help you?」

No!と答えたい…けれど教科書に載ってたデパートでの買い物のページを思い出して、なんとか言葉を紡ぐ。しかし次の言葉がなにもわからない。カードって言った気はするけど。

「えーと、えっと。ぱー…」Pardon?そう言いかけたところだった。
「what type?」

レジの左手に立ったのは見慣れた高価なスーツ(ちなみに今日はポールスミスだ)に少し崩れた七三のエルヴィンさん。

「え、エルヴィンさん…」
「君は商品を通しなさい」

エルヴィンさんは流暢な英語で外人の客の相手をしてくれる。私はカゴに入ったお弁当やらおにぎりをレジに通した。彼がやり取りしてくれたおかげで分かったのだが国際電話用のカードが欲しかったらしい。

「では合計で2517円になります。」
「10 items, 2517yen」

お釣りを受け取って何も言わないのも失礼かと思って「Thank you.」と言うとエルヴィンさんは微笑んだ。どうやら私のとった行動は正解だったらしい。

「83 yen is your change. Thank you.」

どうにか笑顔でお客さんを見送ると「thank you, girl.」と言ってもらえた。エルヴィンさんがぽん、と私の頭に手をのせる。ただそれだけなのにその手には安心感があって頬が熱くなってしまった。もっともそう思ったときには手は下ろされているんだけど。

「もう、終わりだろう。よかったらもう少しだけ話したい」

私は何も考えることなく頷いていた。まるで誰かに支配されているかのように首は動いたのだ。

「勤怠だけやるからちょっと待っててください」




帰り道。朝ちょっと出かけてたせいで高いヒール。こつこつ、とコンクリートが鳴って、隣に歩いてるのは上等な格好をした大人の男性。不思議な気分だった。

「さっきは助かりました。英語お上手なんですね。」
「取引の際に必要だからね」

英語を取引で使うだなんてそんな言葉さえも私は子供で彼は大人なんだな、と思わされた。話をしているとなんだか同等な気もしてしまう、それに懐かしい気も。従兄に似ているのかな、きっとそうだ。

「名前」「はい?」「敬語だけでもやめてくれないか」「でも、エルヴィンさんは大人ですから」「頼むよ。私から言っているんだ問題ないだろう」

「は…ぃ、うっうっうん…っ」

敬語が当たり前だったから直すのってとても難しい。ちゃん付けしてた友達をいきなり呼び捨てし始めるのと同じように。だというのにエルヴィンさんは顔をくしゃくしゃにさせて笑ったのだ。

「なっ…なんで笑うの!」
「すまない…前と同じだな」

崩れた髪で(さっき聞いたのだが出張帰りだかららしい)身をよじらす彼は新鮮だったがその言葉は引っかかった。

「前?」「…いや、違う違うんだ」

ここらで別れよう君も最初から玄関口まで送られては嫌だろう?そういって手を振る彼はまさに紳士だったが最後の言葉だけが気になって仕方がなかった。
漫画でよくある幼稚園や小学校で同級生な展開など私たちほど年が離れているとありえない、のに。