19.
何も言葉がないまま腕を引かれ入ったのは人がいなくて静かなカフェだった。 腕を引かれながらもエルヴィンさんの力は弱くて少しでも後ろに手を引っ張れば離れてしまいそうなそんな不安定な。 エルヴィンさんは温かいコーヒーとカフェオレを頼んで二階席へあがった。 腕を離されたけど私も続いて階段をのぼる。 私が彼の前の席に着くとエルヴィンさんは少し安堵したような表情を見せ、そのままオーナーが持ってきたコーヒーに口をつける。
「エルヴィンさん、さっきの、って」
沈黙に耐え切れず口を開くとその言葉を継ぐかのように彼も口を開いた。
「すまない…君を傷つけたね。」
こっちを見るサファイアの瞳が苦しい。目が合うだけで心がすっと、詰まっていたものがすべて吹き飛んでいくような気がした。
「私は、君がずっと好きだった…ただ私もこんな年だからね、君はもっと年の近い、そうエレンなんかのほうがよっぽどお似合いだろう?」
「そんなこと…っ」
そんなことない、あなたが好きです。そう言いたいのに涙が流れてきて喉がつっかえた。 エルヴィンさんは節ばった指で私の目もとをなぞる。とてもあたたかくて懐かしいようなそんな気持ちになった。
「好きだよ、名前」 「私も、好きです」
穏やかな愛おしそうな瞳で見られてとても恥ずかしい気持ちになる。少し冷めたコーヒーを一口飲んで目をそらすとエルヴィンさんが軽く腰を浮かしてこちらに乗り出した。
「え、」
生温いものが触れた。 きもちいい、と思った。 離れてはくっついてくっついては離れて水温を立てる唇がふにゃふにゃになって溶けてそのままぴったりどっぷり一つのものになってしまえばいいと思った。 むしろ、それこそがあるべき姿なんじゃないか、とも。
キス、なんてはじめてだったけど何も違和感はなくてそのふわふわとした気持ちに身を任せて目を瞑る。ぽかぽかと体が温かくなった。 唇が最後にちゅっ、と鳴って離れて。再び席に着いたエルヴィンさんの本当に朗らかな笑顔とその後ろが目に入る。人がいないとはいえここがカフェであるということには変わりなくて私は恥ずかしくて俯いた。
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