16.

名前さん、とエレンが私の目尻を撫でる。
その弾みにまたぽろぽろと涙が零れ落ちた。よしよしと私の髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜるように撫でてくれる。

「エルヴィンだ、…っエルヴィンさんが好きでなんでしょう?」

なんで知っているの?エルヴィンさんを知っているの?そう言いかけたがなんだかエレンくんがそれを知っているのが当たり前のような気がしてすんなりと砂糖が溶けるようかのように私の胸に馴染んで私は口を閉じた。

「うん。…すき、」

やっぱり断られてもそうそう諦められるわけがなかった。その二音を紡ぎ出した私にエレンくんはすっきりしたようなため息をついた。



今も昔も同じ男を想ってぽろぽろと涙を流す名前さん。ほんとに何も変わらない。こんな風に慰めたのは、…ああ、団長が貴族の女性と結婚した夜の事だったか。
真っ赤な頬を撫ぜても全く気持ちは収まらないというのに。
ため息をついた割にどうもすっきりした気分であることに気が付いた。

「俺、知ってたんですよ、名前さんはまたエルヴィンさんを好きになるだろうって」

また、の部分で彼女はきょとんとした顔をする。そこで彼女にはまだ過去の記憶がないことを思い出させられた。なのに、記憶がないっていうのにあなたはまた彼を愛するんだ。


「でも、もしなんかあったら俺のところに来てください」

その時は俺が、幸せにしますから。名前さんの手を一度だけ強く握り締めて俺はその部屋を出た。







「エレン、」

名前さんの家を出てちょっと歩いたところの電柱にミカサが立っていた。
熱くなっている目元にぐっと力を入れて何しているのかと問えば彼女は至極簡単に「エレンを迎えにきた」と言った。
普段なら鬱陶しく思うところが今日はそうは思わなかった。

「ミカサ、お前駅前のケーキ屋行きたいって言ってたよな」

「言った、けどエレンは興味ないって…「行こうぜ、いまから」

微笑むミカサを見て名前さんもこんな風に笑ってくれたらな、と思った。
そしてまた熱くなった目尻がオーバーヒートしないように俺は目を瞑った。