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ぷかぷか、と浮かんでいるような穏やかな、安らぐ気持ち。少ないながらも食糧難のご時世には十分な材料を混ぜ合わせる。ふんわり香る菓子特有の甘い匂いに幸せな気持ちで胸が躍る。
美味しいって言ってくれるかな。笑ってくれるだろうか。そう思い浮かぶのはもちろん一人。
書類に向かい肘をついて机の上に広げた桃色の包み紙に手を伸ばす。茶色い欠片を一つまみ。ふ、と微笑む。そこまで想像して私は急に恥ずかしくなって厨房の床にへたりこんだ。


「夢…?か」

珍しく遅く起きてしまった。嫌だなあもうすぐバイトに行かなきゃ。飛び起きて適当に着替えてゆっくりと家を出る。土曜の昼間はお弁当を買いに来る人が多くて大変だ。休み時間のずれか、なんだかんだ昼時の混み具合は三時くらいまで続き忙しさで時間はあっという間に立った。

「おつかれさまでーす」

次の時間帯の人へ引き継いでバックルームへ向かいパソコンで退勤時間を入力しユニフォームを脱いでコートを着た。店内はすっごいあったかいのだけど外に出ると寒いんだよなあ、とコートを羽織る。
バックルームを出て雑誌の並んだラックの横をいつも通り、通り過ぎようとするとそこで雑誌を立ち読みする彼が目に入った。

「エルヴィンさん、」

顔をあげて彼はにこりと笑った。お疲れ様、そろそろ出てくるだろうと思って待ってたよ。そう言って彼は温かい包みを差し出した。

外に出て並んで肉まんをかじる。
「寒いから肉まんが美味しい季節になりましたね」
「寒いと、スープが美味しいね」

「…ああ、そうだな」
少し間の開く返事を不思議に思いながらもゴミ箱に包み紙を入れるとぽつり、ぽつり、と雨粒が降ってきた。彼のいる軒下に慌てて入ると途端に激しくなる雨。
さっきまで降りそうになかったのにな、と呟く。

「エルヴィンさん傘あります?」

「…ああ、折り畳みしかないが、」

私に差し出そうとする傘に気付かないようにして私は言った。

「入れてもらっても、いいですか」

いつも鞄に入れているピンク色の折り畳みが見えてしまわないように、私はスクールバッグを閉めた。