10.

「だから!違うって!稗田阿礼が詠んだのを書いたのが太安万侶なの!!!!エレンくんさっきから逆!!!」

「そっ…そんなこと言ったってわかるかよ!どっちも難しい名前でなげえしさ!」

はあ、と私は頭を抱えながら歴史の教科書に頭を埋めた。エレンくんはこの間ドイツ留学から帰ってきたばっかりで数学やら英語やら基礎科目はあっちでの言葉で努力で食いついていたらしい。それはすごいことだがさすがの日本史は追いつかなかったらしい。

特進クラスのアルミンは範囲が被らないらしいし、隣のクラスのミカサは陸上部の試合があるらしくそこで私に白羽の矢が立ったというわけだ。

「んんん〜〜とりあえずここの重要単語マーカー塗って、覚えて。あとは文化遺産的なのはちゃんと写真も見て…ん、そんな感じかなあ。」
「はい!」

緑色の眼をぎらぎらさせて黄色のマーカーを持つエレンくんはすごく真面目だった。うん、マーカー引いても覚えなきゃ意味はないけどね?



「進んでる〜?」「あっカルラさんすいません気を遣わせてしまって」

紅茶とお菓子を持ってきてくださるカルラさん。やはり幼き日のことで私は覚えていないが母と面識があるらしくいきなりお邪魔してもすごくよくしてくれる。なんだか自分の家よりもよっぽど母親らしさを見た気がした。

「まあ、なんかそうしてると昔みたいね!エレンが名前ちゃんと結婚するーってよく言ってた「母さん!!!!!」

カルラさんの言葉を物理的に遮るように必死で手をわたわたとさせるエレンくんに私とカルラさんは一斉に噴き出した。



もうすっかり夕方になって暗くなってしまっている。夏を過ぎるとすぐに暗くなるなあ。なんて思いながらエレンくんと肩を並べてゆっくりと歩く。

「名前さん、」「ん?」

左側を見ると自分の手をカーディガンに擦り付けるようにしているエレンくん。

「手、繋いでもいいですか」

心臓の上がずん、と重くなるような衝撃が走った。別に断る必要も何も、なかった。
うん、と言ったかいいよ、と言ったか。それともエレンくんが私の手を握るのが先だっただろうか。
手は優しくだけど強く握られていた。思ったよりもあったかくはないな、と思った。
なんだか力を込めることもできず、ぶらり、と私の腕からまるで抜け落ちてしまったような左手。そっちの腕で持っていたスクバが肩からずるり、と落ちそうになる。

私は先日の温い手を思い出していた。