9.

寒い。仕事が始まって未だ一時間。
私ははやくも帰りたくなって目の前で厚手のジャンパーを羽織り作業を続けている友人を恨むように見た。
コンサートのチケットを買うために派遣に登録した彼女は一緒に働かないかと私を誘ってきた。別に予定もなかったし友達と働いてお金をもらえるっていいかもしれない。
そう思っていった会社は輸入会社でひたすらに日本語表示のシールを貼る仕事だったのだが。

「……さっむ。」

商品を溶かさないようにだろうコンビニのウォークほどではないが倉庫自体が冷蔵庫になったようなところでの作業。上着とかちょっと肩にかけるようなのしか持ってない。
寒すぎて手はかじかむし踵も痛いし。凍死するってこんな気分なのかな。
ふらふらとしてきた私。しかしシールを貼る手だけは止めることができない。

「え、」

鳥肌のたった腕を軽くさすりながら作業を続けてると扉が開いて工場長の後ろに三人ほどスーツを着た人たちが入ってくる。一人はパンツルックの暗めの茶色の髪を後ろでまとめた女性、そして黒のスーツを着た黒髪の小柄な男性。そして金髪のだんせ…「エルヴィンさん?」

素っ頓狂な声が上がり前にいた友人が不思議そうに私を見る、彼女の視線は気になるものの私の視線はまっすぐ彼に向けられていて。エルヴィンさんは驚いたように私を見た後駆け寄ってきた。まさかそうなるとは思わずびっくりしてしまう。

「ここで何をしているんだ」「え、あ、派遣で…」「体、冷えてるじゃないか」

ぎゅ、と握られた手が温かくて私はほう、と息を吐いた。そのまま手を引かれシールを貼っていた台から離される。ふわりとスーツの上着が被さってきて体が温かくなる。引かれている温いと思っていた腕はどんどん熱を帯びる。

「リヴァイ、あとは任せたぞ。」「了解だ、エルヴィン。」

エルヴィンさんは黒髪の小柄な男性に声をかえる。なんだか頭がずきずきと痛くなって私は膝から崩れ落ちるような感覚を感じた。







抱き上げた彼女の体は覚えているよりももっと軽いものだった。すらり、とスカートから伸びる足に傷がないのもまた同じ。記憶と一緒で、でも少しだけ違う名前。

(違うのは私も一緒かもしれないな)

リヴァイに仕事を任せて出てきてしまうなんて。彼のことだからしっかりやってくれるだろうともちろん信じてはいるんだけれども。
先ほど止めたばかりの車を開けて助手席に彼女を乗せる。
ただ腕の中で安らかに眠っている彼女が愛おしくて、起きないことを祈りながら私はそっと伏せた目の上に唇を落とした。