なぜこの世の中はこのように簡潔で分かりやすくそして希薄なものとなってしまったのだろう。
数値化は一般的に能力を表すために便利なものとして長年使い続けられている。
しかしそれは果たして正解だったのか。そんな疑問が生まれたのは潜在犯になってからだった。潜在犯になったからか、そのせいで潜在犯になったのかは今となってはわからない。
だれかは言った、潜在犯は幸せになれないと。
それは果たして本当なのだろうか?
ただ私は思ったより不幸ではなく、潜在犯になったことによるたくさんの恩恵を受けている。
「伸元、お疲れ様。」
「…名前か」
廊下ですれ違ったのは科の違うせいでめったに会うことのない恋人。
彼は指で眉間を掴みながら歩いていて明らかにお疲れのようだ。
私は片手で弄んでいた缶コーヒーを彼に差し出した。
「飲みな、疲れているんでしょう?」
ほんとは当直明けの青柳さんに差し入れするはずだったコーヒーだけれども渡してしまう。
いいんだまた青柳さんには買いなおせば。
彼は誰よりも大切だ。彼と一緒にいながらも彼を汚したくない、色相を濁らせてはいけない、と思ってしまう。ただでさえ公安なんて仕事だ。純粋な彼は色相だけではなくどんどん汚れていく。
私の一係への異動申請書は理由不純のためおさえられたまま。
「宜野座監視官、次の非番買い物に同行してほしいです。」
「何を買うんだ」
胡散臭そうにこっちを見る伸元。恋人だというのにひどい。
こっちはわざわざ監視官呼びしてまで真剣に頼んでるというのに。
「わざわざ廊下で言わせなくてもいいじゃない…なにってしたぎっ「言うな!!!!」
顔を赤くしながらも不機嫌そうな彼の少しだけ高い首元を掴んで引き寄せる。
微かに触れた唇は先ほど渡したコーヒーの香ばしいにおいがした。
「なっ…名字執行官!」
ああもうかわいいかわいいかわいい。
どうしてこんなに好きになってしまったのだろう。
真っ赤になって動揺する大の男をこんなに可愛らしく愛しく思うなんて。
私は果たしてどこにいるのだろう。
潜在犯は幸せにはなれない、だったら私はこの幸せとともにどこに沈んでしまうのだろうか。
深海、還れない