倫理学理論としての快楽主義は、善きものと悪しきものは究極的に快楽と苦痛に存していると主張したそうだ。エピクロスのような多くの快楽主義者は、快楽の追求よりも苦しみの回避を強調したらしい。

「私には理解できないわ。」

銀色に光るまるで大きな針のようなものを愛おしむかのように細い指でいじる名前。
その爪の先にはムラがなく器用に塗られた赤いマニキュア。耳元を空気に晒すためかきあげられた髪はそんな爪とは対照的に清楚に見えるであろう漆黒である。

「いまの世の中ファッションで本物のピアスを開ける女性はめったにいない。」

ほとんどの女性は耳元に軽いプラスチック製のイヤリングをつけホロで煌びやかなピアスを映している。耳であろうと自分を傷つけるということはサイコパスに関わるらしい。

「ファッションじゃないもの」

彼女は器用に耳元に軟膏を塗りつけニードルを目の前の男―槙島聖護―に手渡した。
彼は愉快そうにニードルを眺め唇の形は弧を描いた。

「どこに通すんだい」
「拡張じゃないの、新しい穴あけて、聖護の好きなところでいいから」

適当なところに針を通すと彼女は色っぽく息を吐き、槙島の白いシャツに白くそして爪先だけは赤い右手をのせた。

「君の考えていることは根底から理解できないね、ぞくぞくするよ」

この世界で歪んだことを愛し、しかしながら色相を維持している彼女にはとても興味があった。これまで会ったどの人間も自分の中で悪という存在を感じ取っていたが彼女はそれとはまた違う。その彼女自体は認識していない世間における悪というものによって色相を維持し世間に生きているのだ。

「理解されなくてもいいわ」

拗ねたように唇をとがらせる彼女。
開けたばかりの耳たぶにそっと唇を寄せると銀のピアスが冷たい。

「理解しえないからこそあなたは私を愛してくれるんでしょう?」

そうだね、と僕は笑って彼女を後ろのベットへと誘った。
なんだか不快でそしてなんだか愉快だった。






ブラック・ディーバ