("0時過ぎのカナリア"の続き)

エルヴィンと離れてもう半年になろうとしていた。なんだかんだ忙しい日々に流されるように生きていて寂しさはやわらいだと思っていた。新しい環境でちょっと雰囲気のいい人と出会ったり後輩が仕事先まで迎えに来てくれたからご飯して帰ったり。
また新しい恋をして今度はもっともっと幸せになろう。そう思っていた。それでもやっぱり心の底では彼のことを忘れられていないし、きっと一番愛した人になるのだろう、と予感していたけれど。

忘れかけていた頃、いや忘れようとしていた頃彼からご飯でもどうか、という、連絡がエルヴィンから来た。なんだか複雑な気持ちになる一方もう一度彼に会えると思うと嬉しくて私は日付を決めるためにいつも通りのようメールを送った。




「すまない、待たせたか、」
「ううん、来たばっかり。…久しぶりだね。」

休みの日だから崩した髪の毛。半年前には当たり前に見ていたはずなのになんだかどきどきとしてしまう。心臓の音が痛い。
ぼけーとしている間に彼がよく使うらしい個室の居酒屋に連れていかれ一杯目を頼み焼き鳥とかから揚げとかちょこちょことしたものを頼む。

「あーあとサラダ食べたい!」「じゃあ、これにするか」

お酒が入ると気が楽になって話しやすい。近況のこととかをいつものように話して。彼と別れてから会うことなくなったリヴァイとかハンジのことを聞くのも面白くて。
くすくすと笑ってばかりいると頬の筋肉が痛くなる。
一通り話してお腹が膨れて一息つくとエルヴィンがそっと携帯をいじっていた私の手に触れた。

「……名前。」

さっきまで落ち着いていた心臓がどくん、と大きな音を立てた。

「…俺は君がやっぱり好きだ。」

手放そうと思った。だけれども俺には名前が必要なんだと気付いてしまった。
酷いことしてしまった。

「それだけ今日は伝えたかったんだ。…すまない、俺のために時間をとらせて。」

伝票を持って立ち上がり掛けていたジャケットを手に取ったエルヴィン。その扉を開けようとした彼の背中に私は無意識に抱き付いていた。


「…なんで、帰るの」

エルヴィンが振り向いた。目頭が熱い。そっと彼の指が私の髪を撫でた。
彼の目が海のようにキラキラと輝いている。私はその瞳が何かを見定めているように見えた。彼はどうして帰ろうとするのだろう。私が彼のことを好きなことくらいどうせ分かっているくせに。いじわるだ。でも、好きだ。もう手放しちゃいけないと思ってしまった。

ジャケットの肩の部分を引っ張り引き寄せるようにしてずっと乾いていた唇を重ね合わせた。温かくて、柔らかくて、安心して、とても心地がいい。ぼろり、と涙が零れ落ちた。

「……出ようか。」

彼が私の手を引いて扉を開けた。繋いだ手は昔までは当たり前だったのに今はすごくどきどきする。手を、繋いでいるだけなのに。エルヴィンは会計中も手を離そうとせず、時折確かめるように強く握った。ああ、好きだ。そう思ってしまってまだ視界が滲んだ。

手を掴みながらぶらぶらと人気のない道を歩く。アルコールのせいでふらふらとする。
少しでも綺麗にしてこようと慣れてない靴なんか履いたせいだ。馬鹿。
エルヴィンは特になにも言わない。それでもこの沈黙が心地よかったりもした。

「エルヴィン…私、私はエルヴィンの彼女…?」

ふと漏らした声にエルヴィンは私の顔を見て慈しむように微笑んだ。

「そうだったら俺は嬉しい。」

ワッ、と泣きたい気分になった。それと同時に叫びたくもなった。
聞いてください、彼です。大好きな彼が戻ってきてくれたんです。これって奇跡じゃないですか。大好きです、もっともっと努力します。綺麗になります。だからもう少しだけ幸せでいさせてください。と。

何度も何度も目元の水分を吹き飛ばすように頷く私の目元にエルヴィンはそっと口づけた。
何もかもお見通しなんだ、と私は笑った。






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