「すいません、12時25分から面談の名字名前ですけど、」

新学期が始まって携帯にかかってきた見知らぬ番号は大学の学生課だった。
ああ、座りなさい、と何やら名簿のようなものをちらりとみたエルヴィン・スミス教授に席を勧められ私は今日買った教科書がたくさん詰まった鞄をどさり、と置いて席に着いた。

「ひとまずこれを書いてくれるかい?」
面倒だけど学生課に提出するよう言われていてね。そんなことを言って人の好さそうな顔を浮かべる彼に私はなんか嫌な気持ちがした。
とりあえず床に置いた鞄からペンケースを取り出して学部、学科、単位数、分からない授業、大学までの距離、とかそんな欄を埋めていって書きました、と手渡す。
うん、と言って家遠いな、とか返す彼にはい、と頷いた。実際はやく帰りたい。

「どうして秋学期は単位を落としたんだい?寝坊か?」
「いや、」
「正直に言うんだ、」

そう言った彼の顔こそは柔らかかったが目は鋭い。
私は観念して一番誰にも言いたくなかった言葉をひねり出した。

「と、友達、いないんで、」

なかなか来る気も起きなくて。受けたい専門授業は学年があがらないと受けられないし。こんなんじゃ学年上がれるのかさえもわからない。

「…も、辞めよっか、な」

ぽつりとつぶやくとなんだかそれが一番いいことな気がして私はがくりと頭を下げた。
少し涙が滲んでくる。さらっと事務的に面接なんて終わらせるつもりだったのに。こんなつもりじゃなかったのに。




「じゃあ、私と友達になろう!」
「……は?」

開いた口がふさがらず思わず顔をあげてしまう。
本当にわけがわからないのにエルヴィン教授はにこやかに笑っていて机の上に広げていた私に関する書類を片付け始める。
もう終わりか?と思い私は使った筆箱を片付けると鞄に入れた。すると立ち上がった教授がその鞄を持ち上げる。

「……へ、」「行こう」

有無を言わせず歩き出した彼に私は慌ててついて行って人がいなくて静かな学科棟のタイルがカツカツとなる。エルヴィン教授は隣の館にある食堂へ入っていってお尻のポケットから財布を取り出した。
何にしよう、と顎に手をあてる姿が様になっていて、まるでスーツの宣伝とかにありそうだなあ、とかのんきに思ってしまう。どうして面談に来たはずなのに対してそれらしいこともせず学食に来ているのか頭が痛くなったが頭を振って私は財布から500円玉を取り出して券売機へと入れた。

「いや、私が奢ろう」「や、いいですよ」「いいんだ」

教授は返金ボタンを押して私の手に500円玉を無理矢理押し戻すと千円札を券売機にもう一度入れてラーメンのタブを二回押した。奢ろう、と言ってくれたのは嬉しいが選択権はないのか。なんだかおもしろくてくすくすと笑ってしまうとエルヴィン教授は私に食券を差し出した。正直食堂に来るのは入学してから初めてで、食堂のおばちゃん食券を差し出して受け取ったとんこつ味のラーメンはすごく美味しくて、私は思わず口いっぱい頬張ってしまう。

「ごちそうさまでした!」

両手を合わせて言うとエルヴィン教授はお茶を飲みながら爽やかに笑った。
ふと左腕を上げて時計をみて私の頭をぽんぽん、と軽く叩く。

「ほら授業の時間だ、確か中世文学史だったね、」

授業まではさすがについていけないからね。そう言って笑うエルヴィン教授が小さな紙を差し出す。目で受け取るよう促されて手を伸ばすと男の人らしい短いメールアドレス。

「終わったら教えてくれ、」

そう言って手を振る彼にこのふわふわ風船のように飛んで行ってしまうような気持ちを隠したくて私はメモを鞄の中にしまい逃げるように教室へ向かった。







私が空き時間と授業が終わってから毎日エルヴィンさんの研究室に向かうようになるのは、もう少しだけ先の話である。