起きると時計は3時を回っていた。ん、と一瞬困った。3時、3時。
昨日寝たのは2時位で飲み会から帰ってきてすぐベッドに潜ってしまった。
ベッドからだらしなく出た腕。捲れた布団からは昨日の飲み会のために着て行った綺麗めなニットが覗いてる。ああ、そっかお風呂も入らないで寝ちゃったんだ。
なにも昨日は飲みすぎたわけでもなく会社のだったから気を使っただけ。
お金払っても対して酔いもせずに疲れて帰ってきてそれで次の日昼過ぎに起きるなんて悪循環すぎるなあ、と思いつつベッドの中でもぞもぞと動く。起きる気がしないなあ。

うとうとしながらも温かいベッドから離れられないでいるとガチャリ、と玄関のドアが開く。狭いワンルームのマンションはベッドから身をひねるだけで玄関が見える。
鈍い音を鳴らしながら開く扉から入ってきた人物を見て私は一緒に入ってきた冷気から身を守るように毛布に潜りなおした。

「エルヴィン、なんで来たの」

私の家の低い(といっても平均的日本人には十分なサイズだが)扉を文字通り潜ったエルヴィンは片手に持ったビニールの袋を冷蔵庫に入れつつ私のベッドまで来た。
珍しく君に会いたくなってね、なんていって外気で冷たくなった手を私の頬にくっつけてくる彼に私は頬を膨らませながら起き上がってぐしゃぐしゃになった髪を撫でつける。
ピッキングできない細工のされた特別な金色の鍵を光らせカシミヤのロングコートにしまった彼はにこりと笑って台所を借りるよ。と言う。私は布団にもぐったままベッドの下の引き出しを開けて色気も可愛さも皆無な灰色の部屋着を取り出して淡い色をした下着を包み込むとお湯使うねー、とだけ声をかけてシャワーブースへと入った。
服を脱いでシャワーを出すとへたり込むように私はしゃがんだ。熱いお湯が髪の毛を濡らしていく。あんな平然と来て、私も平然と迎えて何だが私と彼は別に付き合っているわけではない。お互いに学生だったときに渡した鍵だった。彼は誠実だし真面目だしそんなことはない、と思いながらも彼となら”そんなこと”が起きてもいい、とも思っている自分がいた。自分でもびっくりするくらいに女ってのはあざといなと思わされる。

昨日の疲れを落としてジャージに着替えると机の上には鮮やかな色をした手作りのおつまみの数々が並んでいた。
「すごい!全部作ったの?!」
いや買ってきたものもあるからあまり褒めないでくれ、とエルヴィンは笑ったが見る限り買ってきたのはタコのマリネくらいのものだろう。
ピンチョスをつまみ口に入れるとこら、と窘められ頭を軽く叩かれたがそんなことは気にならないくらいに美味しかった。
彼が真紅の液体を注いだグラスを取ると特に意味はないがお互いにキスをさせて一口含んだ。濃厚で渋みの強いそれは高級そうであり飲みやすい。
美味しいおつまみに美味しいお酒。それも久々に会ったエルヴィンの話がスパイスとなって一層すすむ。


瓶が数本ほとんど空いて転がり、色とりどりのつまみが並んでいた皿が空になって時計も半周した頃。
暑くなって袖をめくると彼もYシャツ一枚になっていることに気付く。
酔いに任せてYシャツに覆われている逞しい腕をぺたぺたと触るとエルヴィンも少しだけ赤くなった顔でふにゃりと笑った。
目はとろんとしてくるし頬も赤いし酔ってる。私酔ってるし。またそうやってあざとくも自分に言い聞かせてエルヴィンの胸元に飛び込むと彼はぽんぽんと私の後頭部を撫ぜた。

「酔ってるな名前」
「そんなことないってばー。」

ふいに涙腺が緩み悲しくなってきて目をごしごしと擦ると私は薄く開いた大きな唇にそっと吸い付いた。ああ、やだあったかいし濡れてるし気持ちいいけど心地よい。
何も言われたくない反応を知りたくないやっぱりなんでこんなことしちゃったのかなあ酔ってるのか。私。
そのまま瓶の中に4分の1ほど残ったものを取って一気に流し込むと私は意識を手放した。







全く。
意識不明になった彼女をベッドに寝転ばせてから私はシャワーで冷たくなった頭を抱えながらベッドの横にずるずるとへたり込んだ。
灰色のジャージから覗く胸元でさえもが艶めかしく私は目を逸らした。
彼女を愛していなければこんなことになって欲を抑えることは出来なかっただろう。
男の前でシャワーを浴びるなんて。本当に理性を抑えた私を褒めてほしいくらいだよ、名前。

「これくらいは許してくれ」

君が仕掛けてきたことだしね。
すやすやと寝息を立てるその唇に私はそっと口づけた。





勝者の名は、








エルヴィンさんの着ているロングコートはアルマーニのものだと考えています