“ジョンブリアンへ慈悲なるくちづけを”のエルヴィン視点

始まりから唐突だが彼女に振られた。
しょうがないのかもしれない、忙しいとはいえ仕事にかまけて彼女の相手をすることが出来なかったから。
…いや相手をする、という表現が出てくること自体いけないのだろう。

彼女は会社のビルが一緒というだけで偶然知り合っただけ。だから彼女が会わない、と決めれば名前に会うこともなかった。
日中は忙しくて余計なことを考えてる暇はないが家へ帰ってシャワーを浴びて安い缶ビールをあけると考えるのは彼女のこと。電話をかけてみても虚しい呼び出し音が続いて彼女の声は聞こえない。
なんだかすべてが面倒くさく思えて背を凭れ掛らせていたベッドにそのまま寝ころんだ。





『エルヴィンさん、いまどこにいます?』
滅多に鳴らない私用の端末が震えて立ち上がるメッセージ。
エレンから連絡が来るなんて本当に久しいことだ。会社から出たところだ、と返すとすぐにもう一度振動して返答が返ってくる。
『名前さん、うちの店で合コンしてるみたいですけど』
頭頂部で卵を割られたようにとろり、と冷たいものが通った。
今から行くから、彼女が帰るようだったら電話をするように。そう伝えて私は早足で歩きだした。


「あ!エルヴィンさんこっちです!こっちから入ってください!」
裏口から手招きするエレン。黒いシャツにオリーブ色のソムリエエプロンをつけた彼は立派だった。ほら、あそこです、とエレンが指さすテーブルには彼女がぐでん、と力なく横たわっていた。
全く弱いんだから飲みすぎるんじゃないといつも言っているのに。そう小さく呟いた途端に隣の男が彼女の背中を撫でているのが目に入り、怒りに似た気持ちが心の一角に燃え上がった。カツカツと踵が鳴らして彼女のテーブルに近づくのを「あっ!エルヴィンさん!」とエレンが止めたが振り返らなかった。
『名前ちゃん大丈夫』んん、とくぐもった声を出す彼女に少しだけ安堵して男の手を払いのける。
「すまなかったね、」
私の彼女が世話をかけた。きょとんとする男に言うだけ言って彼女を担ぐ。
エレンに目くぼせをして私は店を出た。


「名前、」「んーーー…」
タクシーを捕まえようにも人気もない。ここから駅まで彼女を担いでいくというのもなかなか大変だ。しょうがないな。ともう一度彼女を担ぎ直し私は近くの建物へと入った。
気合を入れていたのだろうか、コートを脱がせるといつもとは違う大人っぱいシャツルック。やっぱり飲みすぎたんだろう熱い体にどうにかしてしまいたいような衝動に駆られた。

本当は彼女が幸せになれるなら離そうと思っていたけれど。
「名前、私はどうやら君を離せないようだ、」
他の男の前でこんな風に正体をなくした罰だ。意地悪い考えだとはわかっていたけれど彼女の服をすべて脱がしてそして寒くないように掛布団ですっぽり体を包むと私もスーツを脱いで同じ布団へと入った。





夜から連れ去る甘い人