彼は忙しい人だった。分かっていたはずだけれども。
どうにか会える時間を作ろうと入ったファミレスでもパソコンを広げている彼を前に私は頬杖をついた。
ずっとこうやって仕事ばかりしていて連絡がきたりすることはめったにない。
会いたい、って約束を取り付けるのは絶対私。
考えてみるとどんどん嵌っていく思考。

「私の事、ほんとにすき?」

ぽろり、と落ちた言葉にカタカタとキーボードを叩いてから、ん?と私を見たエルヴィンに私はため息をついて鞄の中から金色のキーホルダーのついた鍵を取り出して机の上に置いた。
「別れよ。帰るね」


せかせかと歩いてファミレスを出てそこから駅へ向かう。急ぐ足にヒールが品のない音をたてた。後ろを決して振り向かないようにしていたが追いかけてくる足音がないことが一番悲しかった。…分かっていたことだけど。




私が約束を取り付けなければ会うことはなかった彼と別れると本当にばったり出くわすこともない。彼がいることが絶対だった私の生活はあまりにも男っ気がなく次に切り替えることも出来ない。
だって友達、と言ったら潔癖だから嫌だけどリヴァイとかー、彼女いるけどナイルとかー、って。ほら。エルヴィンの友達ばっかりじゃない。
そんなこともやっぱり悲しくなって私はかぶりを振って机に向かった。






「うぇーいかんぱーい!」
友達の誘いできた合コンはノリが若かった。慣れないノリに戸惑い、なんだか気持ちは萎えてしまってお酒と食べ物に集中する。
いい飲みっぷりだねーとか話しかけてくる男に「それおいしいですかあ?」と馬鹿っぽく聞いて私は彼のグラスに沢山はいった琥珀色の液体を煽った。








ずきずきする頭。あー昨日飲みすぎたなーなんて思いながら目を開けると明らかに自宅とは違う天井。はーやっちゃったか。
なんかこういう時って意外と冷静だな…と自分に驚きつつ床に落ちたシャツを拾う。
そういや相手は誰だろう。昨日の隣にいた人かな。そう相手を確認してないことに気付いてからそんなことは心底どうでもいいことなのだと思った。
肉体関係から始まるロマンスとかないでしょうし。


「……は、あ?」


朝日と私が起きたことにより隙間から入ってくる冷気にもそり、と金髪が揺れた。
顔は見えないが見間違えるわけがない、エルヴィン。
さっきまで冷静だと思っていたのに、もう頭の中がぐるぐるとしてしまってわけがわからなかった。
寝返ってこっちを向いた彼の瞳は開いていて宝石のような目がこちらを向いている。

「な…んで、」

「君が電話に出てくれなかったからね、探したよ」

そりゃああんな別れ方したら着信拒否するでしょう。慌ててそう弁解するとそうか、と笑われる。ああ、もう調子が狂う。
シャツ一枚着てベッドの隅に腰かけていた私をエルヴィンは引っ張ってベッドの上に倒すとぎゅうと力強く抱きしめられる。君と別れたくないよ、そう耳元で呟かれ無意識にじわりと涙が滲んだ。エルヴィンは私の髪をそっと撫でてベッドサイドから鍵を取る。

「君がまだ私に付き合ってくれるというなら、もう一度だけこの鍵を受け取ってくれないか?」

涙はもう止まらなくなっていた。

「わたし、これ受け取ったらまた傷つくかもしれないのに、」

彼の腕がぴくり、と揺れて抱きしめる腕が緩まる。違うの、最後まで聞いて。

「また受け取りたくなっちゃうの」

は、と彼は息を吐いて私をまた強く抱きしめた。
今日は一日休みだからゆっくり過ごそう、と言われた言葉に私はまた涙を流した。







ジョンブリアンへ慈悲なるくちづけを