団長に就任するとはこんなに大変なことだとは思わなかった。調査兵団全体の命を担う覚悟は出来ていた。
皆を死なせない覚悟ではない、民のために兵を死なせる覚悟だ。

「いやあエルヴィン団長の考案した索的を広範囲に広げる作戦、読みましたぞ。さすがですなあ…」「どうも、ツィックラー商会副会長。」

酒臭い息を吹きかけられ馴れ馴れしく触られる。リヴァイの口の悪さにはしばしば眉を顰めるが彼の豚野郎という例えはあながち間違いではないと思わされる。

「すいません、今日は疲れてしまったのでこれにて失礼いたします。」

ここまで盛り上がってしまえば主役がいないとも関係ないだろう。そう考えた私は挨拶をしつつ新しくあてがわれた団長の寝室へと足を運んだ。

「誰、だ。」

寝室を開けると目の前には大きなクイーンサイズのベッド。リネンは落ち着いた色でまとめられベッドの脇のテーブルにおかれた大きなキャンドルに火がともされ陶器の水差しを照らしている。そこまでは豪華だが普通のベッドルームだった。
ただそこに少女がいた。オーガンジーの大きなリボンがついたネグリジェを着た。胸のシャーリングと裾にふんだんに使われたギャザーフリルが素朴な彼女の顔を引きただせている。

「…エルヴィン、団長でお間違いないですよね」「…ああ、そうだが」

何故彼女はここにいるのだろう。ベッドの用意をする使用人には(格好から見ても)違うように思われる。彼女は少し体を震わせて私に近寄った。ふらりと歩く彼女の手足が恐ろしいほど細いことに驚いた、これでは兵士も務まらないだろう。

「抱いて、ください」「は。」「今日は団長のお相手をするように言われました…」

ふるふると震える肩にまで赤みが差す。ネグリジェから絶妙な角度で覗く下着の紐。扇情的な彼女のその姿に私は悟った。

「帰っていいよ。私には不要だ」「…でも、」「チップならはずもう」

団服から金属音のする大きな袋をとりだして彼女の手のひらに乗せた。


「じゃっ…じゃあ、マッサージとかさせてくださいっ…」
お疲れでしょう?そう少し安心したかのようにはにかむ彼女に私は軽く頷いた。



手のひらであたためたオイルをとろりと流し体をも温めるようさする。心臓のあたりを軽く上下に撫でデコルテから胸にかけての血流が滞っているところまで軽く流すようにされると私はそっと息を吐いた。細い腕の彼女はみるからに力がなさそうなのに、立ち位置と体重をうまく使っているのだろういい力加減だ。

「うまいな。」「これは趣味なんです」

ふふ、穏やかに笑う彼女。上半身を終え柔らかな手のひらは上にあがっていく。彼女の手はそっとまぶたの上に置かれた。午前中資料整理に追われ疲れていた目は手のぬくもりで癒された。気を許したつもりなく寝てしまいそうになる。

「君は誰かに強要されてこんなことをしているのか」

体が触れ合うことでなんだか彼女のことを知った気がしてしまう。そんな自分を心の中で笑いながらも問いかける。

「いえ、」

言葉少なく否定した彼女。私が一言いえば解放してやれるのに。そんなことを考えてしまう自分に驚く。赤の他人だというのに。

「私たちの中に強要されてこんなことしてるひとはいないんですよ」
「出身は?」「シガンシナ区です」

ああ、彼女も悲劇を見てしまった可哀想な民の一人なのだ。こういうことを二度と起こさないように私たちは戦わなくてはならない。

「男たちのように口減らしされなかった私たちが生きてる意味。生かされる理由はこれなんですよ」

諦めるように、ではない。もう聡っている。私に言い聞かせるように優しく彼女は言った。


「…名前といったか」「ええ、」

彼女の細い手首をとる。先ほどまで私の体をさすっていた手はオイルのせいで触り心地がよい。私が君を買おう、そう言うと彼女は怪訝な顔をした。目に見える不幸だけを掬い取っても何にもならないことはわかっていた。それをエゴということも。






その言葉は彷徨った