食事後の人のいなくなった食堂でポットに火をつける。入れたとたんに花をくすぐるいい匂い。我ながらうまく入れることができたと思う。これならきっと団長も満足してくださるはず。

コンコンと二回団長の執務室の扉を叩く。

「誰だい?」「あっ…名前です、団長!」

彼はドアを開けて私を部屋に入れてくれた。自分の部屋とは違う彼の香りに胸がどきりとしてしまう。何かあったかい、と問いかける彼。その距離も近い気がする。私の胸は高鳴りっぱなしだ。

「あ、えっと執務室に明かりがついていたのでまだお仕事していらっしゃると思って…紅茶をお持ちしました」

お盆を差し出すとエルヴィン団長はマグカップを手に取って瞼を伏せて匂いを嗅いだ。
その伏せられた睫毛が長い。

「綺麗なオレンジに花のような匂いだ。いったいこれはなんて種類だい?」

「えっとディンブラ、だそうです。この間リヴァイ兵長がわざわざ私に買ってきてくださって…」

もちろん私が紅茶が好きだというのを知って内地に行ったときに珍しい紅茶を見つけて買ってきてくださったらしいリヴァイ兵長は私がエルヴィン団長のために紅茶を淹れていることなど知らなかったのだろうなんだか申し訳ない。

「美味しそうだ。ありがとういただくよ」

穏やかに笑った彼に私は赤面した。もう少しくらい話してもよかったかもしれないが「え!いや私失礼しますね!無理なさらないでください!!!」なんて言って執務室から逃げるように去ってしまった。

「はぁ…きんちょう、した…」

彼の部屋から一枚隔てた壁にもたれかかり私はうずくまった。
赤くなった顔はまだじんじんと熱い。そしてゆるんでしまい戻らない口元。
(エルヴィン団長がありがとうってありがとうって…!!!!!)




そんなことだけで私は幸せだったのに。
エルヴィン団長が政略結婚するって話は何度もあった。調査兵団の財政状況は悪いしそれを支援してくれる貴族たちとの関わりこそ不可欠。だからこそ年齢的にもちょうどよく格好もよい彼が選ばれたのだろう。
そんなことを聞いて居ても立っても居られなくなった私はリヴァイ兵長のもとまで言った。


「リヴァイ兵長!!!あの、団長がけ、結婚するって、それで、その。」

「ああ、いまエルヴィンが迎えに行っている。」

なぜ、エルヴィン団長は婚約者を連れてくるのだろう。女の人、ましてや貴族の娘だ。
きっと内地の奥深くにいただろうにこんな調査兵団の拠点なんかとなる外側の外側に来るだなんて。ましてやエルヴィン団長が迎えにいくだなんて。

なんだかすべてがすっとして浮かれていた気持ちはしゅーっとしぼんでいった。
やがて馬車が到着して、きっと長旅にガタガタ揺れる椅子は気分が悪かったのだろう。
真っ青な顔した女性が出てくる。
そんな彼女は真っ青な顔をしているというのに美しく艶やかな髪がきらりと光った。
私の髪は訓練のせいで構ってやる時間などなくぼさぼさの枝毛だらけだというのに。


なんだかひどく泣いてしまいたくなった。ふらり、と足から力が抜けて後ろに倒れこむ。
その先にはエルヴィン団長より小柄な兵長の姿。
その瞬間に涙腺は崩壊して私の顔は誰よりもぐしゃぐしゃになった。




やさしくて絶望的






もしかしてこれはリヴァイ落ちだなんてそんな。