どうやら私はやらかしてしまったらしい。バイト帰りに店長に怒鳴り散らされ、のろのろとバイト用の古いスニーカーからヒールに履き替え店を出て徒歩五分圏内の古いアパートのドアを開ける。鍵を入れなくてもまわるドアノブに少しだけにやにやしてしまいそうになるけどさきほど怒られたことを思い出し気分がやっぱり暗くなった。

「おかえり、名前」

部屋着姿で私を出迎えたエルヴィンさんは風呂先に借りたよと私に告げた。壁にかかっているのはいつもの上品なグレーのスーツ。机に置かれた彼の仕事用のパソコンは閉じられている。一日中歩き回って疲れた足を休ませるべく私はソファに座り込んだ。

「どうかしたのか」「うーんちょっと怒られちゃった」

ぎゅーしてー?と甘えるとエルヴィンさんは子供をあやすように優しく抱きしめてくれ背中をぽんぽん、としてくれる。怒られたことが理不尽だと感じていたのになんだか涙が出てきてしまった。彼のジャージに顔をおしつけているからきっと気付かれないだろうけれど。
あたたかい太陽みたいな匂いがしてとても幸せだ。

エルヴィンさんは大企業につとめているエリート社員で私はしがないフリーター。なかなか会う時間がとれなくて最近はふらりとエルヴィンさんが仕事帰りにうちによって泊まっていったり彼の会社付近まで私が出て一緒にお昼ご飯を食べたりすることはあってもデートとかはもう随分していなかった。
さみしいな、とは思ってもそればかりはしょうがない。

「名前」

その名前の呼び方に重みを感じて私は顔をあげた。顔をあげると同時に目元にちゅ、と軽いキスが落とされる。

「結婚しようか」

「へ、」

バイトなんてやめたらいい、そろそろ私のもとに永久就職するべきだ。そう真顔で告げる彼に顔が赤くなるのを感じた。エルヴィンはもう一度ぎゅ、と私を抱きなおして顔を覗き込んだ。眉を下げた少し情けないような顔が愛おしくてたまらなくなった。

「君を愛している。結婚すればずっと一緒にいられる」
だから、と続けようとするエルヴィンに私は背伸びをしてキスしようとするが190近くある彼には少しだけ足りずエルヴィンも少しだけかがんでくれる。そんなちいさなことがとてもうれしくて、私はもうどうしようもなくなった。

唇が離れもう一度彼の体を引き留めるように抱きしめる。

「もらってくれる?私のこと」

「もちろん」









薬指の純情