「アカギ、さん…!」

今日に限ってこんなに早く帰ってくるなんて

「どうしたの。そんな驚いた顔して…」
「今日はいつもより帰りが早いから」
「フフ…虫の知らせ、ってヤツかな」

なまえは手の中にある箱を慌てて背中に隠す。そんな事をしても直ぐにバレてしまうのは分かっていたけれど

「何それ。ああ、アイツそんなもの用意してたんだ」
「…本当に女の人と居なくなったんですか!?」
「俺が見たって言ったろ。信じられないの」
「だって…こんなプレゼントを用意する人が失踪なんてするはずがない…!」
「そんな安物捨てちゃいなよ。俺がもっと良いもの贈るから」
「やめて!返して」

アカギはなまえの手から奪い取った箱をゴミ袋へ捨てる。その後を追いかけて急いで拾おうとする彼女の腕を強く掴むとそのままギリギリと締め上げた。

「い、痛っ、や、」

縺れた勢いで床に倒れるなまえの表情が苦痛に歪み、目から零れた涙が頬を濡らす。

「なまえには俺がいればいい。まだわかんないの?邪魔なヤツは消すだけだ」

"消すだけだ"

「やっぱり…貴方が…」
「ん?」
「あの人をどうしたの」
「ククク…知らねえな」
「とぼけないで!会わせて…彼に会わせてよ」

涙で滲むなまえの視界の先に、アカギは何かを思い出すように目を閉じて小さく呟いた。

「…残念だけど、会えない」

だってもう、死 ん で る ん だ か ら

「アイツの事は忘れろよ」

悪かった、と謝りながら痕のついた腕を優しく撫でる手のひらがゾッとする程冷たくて身体中の震えが止まらなかった。

「このアパートも出よう。俺との生活を新しく始める場所を探して、二人で一緒に暮らすんだ」

そうと決まれば今から探しに行ってくる

「逃げ出さないように俺が帰るまで縛っておく。可哀想だけど…少し我慢して」

大人しくしないと"お仕置き"だぜ?

拘束された手足が痛みを増す。床に打ち付けた時に口元が切れたようで血が滲むその赤く腫れた唇に優しく口づけを落としてから出かけて行った。

***

数時間後。ガチャリとドアを開ける音がして帰って来たアカギは上機嫌で「いい部屋決まった」と嬉しそうに報告する。

「暫くそのままにしておこうか?」
「っ!逃げたりしないから…取って、お願い…我慢できな…っ」

もじもじと身を捩る姿にああ、と思い出したように笑った。

「ごめん、ごめん。行ってきなよ」

手足の拘束を外すとふらつく彼女を支えてトイレへ連れて行く。ドアを閉めてひとりになったなまえが考える事は、ひとつ。

(逃げなきゃ…!)

けれど、彼の計り知れない奥底の闇が靄を作ってなまえの胸を埋め尽くす。もし、逃げ切れずにまた捕まってしまったら

(…怖い。私も消されてしまうんだろうか)

どうしたらいいの

こんな所で考えていても始まらない…とにかく隙を見て逃げ出そう。そのまま警察に駆け込んで事情を説明して調べてもらえばきっと何か解るはず。密かに決意したなまえは、翌日仕事に行くアカギをいつものように見送ると必要最低限の荷物を鞄に詰めて家を飛び出した。

愛は不可能さえ可能にするだろう

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