▼外道5『怖い』
縋る人間が元凶の一人なのは哀れだ。
水野は嗚咽を上げる。怖い、と一つ口にしたが逃げる事はなかった。
色々なことを秤に掛けて、氷川の元にいることが最善と判断したのだろう。自己犠牲と事なかれ主義、まだ耐えられると計算したようだ。
閉じ込めている。罪悪感はない。
それが可能だったから手に入れただけ。外に出しておいては危ないから籠の中に入れている。先日襲われていたから決めた。
「最近あの子を見ないけど、飽きたの?」
生徒会室で仕事をしていると、会計が口を開いた。頻繁に出入りしていた人間が顔を出さなくなったので訝しんでいるようだ。
「保護した」
「閉じ込めたの?」
その声は驚愕のみで非難の色はない。あまり治安が良くない環境であるから閉じ込めて絞まった方が安全なのだ。会長は緩く頭を振って肯定し、会計からの質問にいくつか答えた。
「なんであの子に手をだしたの?」
「かわいいから」
「どこでどうやって手に入れたの」
「学校で無理矢理」
「俺が先に手を出してれば、俺のになったかな」
氷川の筆が止まった。応酬が止まった事に疑問を覚えて会計が氷川の方を向く。
「気に入ったのか」
「表情がね、良いよね」
反抗的な表情がかわいらしいと会計は言う。難儀なのに気に入られたなと思いながら、氷川は頬杖を付いて興味なさげに誰かの人生を狂わせる。
「お前んとこに入り浸ってる平凡いるだろ。あれは?」
「あれは、」
どうだろう、と会計は考える。しかしすぐに考えるのをやめたようで、思い出した事を口にした。
「そうそう、柳があの子を探していたよ」
「柳が?」
「同室でしょ。いきなり消えたから驚いていたよ」
荷物も日中に引き上げさせたから、会う機会はなかった。かといって柳に配慮する必要性を感じないので、氷川はどうでもいいと話題を切った。
□■□
落ち着いて考えてみれば、外に出れば危ない目に遭うから外に出さないのだろう。それは理解した。何されるかわからないとも思ったが、会長は特に虐待したいと考えていなさそうだ。事実脅されて1ヶ月ぐらい経っているけれど、俺の体に穴は空いていないし消えない傷もない。
「逃げなければ好きにしていい」
それだけ言って、会長は学校に行った。
会長は二人部屋の2LDKを一人で使っているみたいで、会長は一つの部屋を寝室、もう一部屋を書斎にしているようだった。俺の移動は会長の思いつきだったようで、まだ俺の荷物を置く場所は用意されていない。荷物は何故か引き上げられていて居間に置かれていた。最低限のものだけ引っ張り出して、1日を過ごした。
日が暮れた頃に会長が帰宅した。
「おかえり」
「……ただいま」
会長は部屋に消えると学生服から私服に着替えて戻ってきた。
「夕飯行くぞ」
「食堂?」
「そう」
あんまりお腹減ってないけど、ついて行く。会長の登場で食堂が色めき立つ。会長は素知らぬ顔をして料理を注文するとそれをテーブル運んだ。
「会長だ」
席に着くと、お盆を持った会計が寄ってくる。隣には見慣れない人がいた。会計が何故か俺の隣に座り、会計の連れ人はその隣に腰を下ろした。なんか嫌だったので、席を回って会長の隣に座り直した。
「何もしないよ」
「相席を許した覚えがないんだが」
「いいでしょ」
会計は俺に興味を持っている風で、蕎麦を啜る俺をじっと見てくる。あと会計の連れも俺のことをちらちらと見てくるから食欲が減退した。
「何」
「かわいいね」
ゾワっとする。
会計が痛いと連れの人に抗議したから、多分連れの人が蹴ったか抓ったかしたのだろう。俺と目が合うとペコリと頭を下げたし。
「そこのでいいだろ」
「審議中。良い気もする」
何やら不穏な会話をしている。意味はわからないけれど、多分良くない事だ。連れの人はキョトンとしているが、狙われているのはこの人だ。
「なんの話?」
「代わりの話」
連れの人が会計に聞いてもはぐらかされて返される。逃げた方がいいと心の中で叫びながら食べたご飯は味がしなかった。
早々に食堂から退散して寝支度を済ませた後、会長に気になっていることを幾つか質問してみる。
「俺はどこで寝ればいいんだ」
「ベッドがあるだろ」
「一つしかないだろ」
「十分広いだろ」
一緒に寝るのか。広いけども。毎回思うけど、俺と会長の仲は良くないと思うのになんでそんな無防備なのか。前に俺が会長を害することできないと高を括ってたけど、追い詰められたら何するかわからないと思う。
けれど、何を言っても無駄なのはわかりきっているので、端っこに寝ようと決めた。
先に寝ると言ってパソコンで何かやっている会長を置いて寝室に行く。ベッドは広くて男二人でも快適に寝られる。端っこに寄って、布団をかぶる。しかしずっと家にいたからか眠気は来ない。会長が来る前に寝てしまいたかったけれど、それは叶わずベッドが軋んだ。
心臓が跳ねる。目を瞑って会長の動向を探った。ふわりとボディソープの匂いが鼻をくすぐる。
「起きているだろ」
「……寝てる」
前開きの寝巻きのボタンが外されていく。腹に這わされた手が臍の周りを撫でた。くすぐったくて足を擦り合わせると会長の手がそちらに伸びた。
「起きてるから」
「知ってる」
起き上がり距離を取ると会長が距離を詰めてくる。瞳には情欲がチラついていて、諦めた方が良さそうだと悟った。
□■□
「嘘をつかれた」
脅されてから二ヶ月程度、軟禁から二週間経過した、らしい。もうしばらく会長以外に話していない。
上等な一人掛けのソファーに座る。奥行きが結構あるので、片足を抱えながら会長に文句を言った。
会長の様子を探る。仕事人間は最後の仕事に取り掛かっているようだ。文化祭が終われば会長は任期満了で、総選挙が始まる。それまで忙しいようで、たまに部屋に仕事を持ち帰ってくる。今日もそれのようだ。
「何が」
「会長は短期間で飽きるって言ってた」
そうだったか? みたいな顔をしている。現に柳だって二週間ぐらいだった、と足すと会長は得心がいったような顔をして書類に視線を戻した。
「まだ飽きないな」
まだ。いつか飽きるのだろう。
何故俺ばかり長いのか気になるけど、聞いても答えてくれなさそうなので他の話題を出す。
「飽きたら元の生活に戻れるよね」
会長が飽きる時は他に相手を見つけた時だと思うから、信者の意識はそちらに行き制裁はないと思う。けれど楽観的過ぎるかもしれない。シュレディンガーの猫箱は開けないとどうなっているかわからない。
「腫れ物扱いだろうな」
書類に目を落としたまま、こちらに一瞥も寄越すことなく。けれど慣れているので気にしない。
「遠巻きに見られるだけなら別にいい。そもそも会長が卒業したら終わりでしょ。遅いから早いかの違いで」
会長は答えない。聞いてるかと問いかけると聞いてると返ってくる。
「考えておく」
「何を」
「処遇」
安全に復帰させてくれるということだろうか。会長は仕事に集中し始めて、もう確認できるような雰囲気ではなくなってしまった。
←