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Yu u ka i i chi re n

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冷たい床。
堅い柵。
闇が差す、牢。

彼女は 白い手首をだらりと垂れて 虚ろな目を此方に向けた。



* * *



「少しは落ち着いたの」

あの日の格好のままで、彼女は細い足を投げ出している。

泣きつかれた目。
痣だらけの体。
絶望などを超えた全てを終わりにしたがっている、彼女の瞳。

「ねえ、私が…平気で幸村様に毒を盛ったと思う?」

自嘲の笑みを浮かべ、陽名は言った。

「……」

そんなわけがないのは、知っている。
 
十三の時からこの四年余り、彼女は。
たった一人の肉親である幼い弟のために、その心も、体も、全てを犠牲に生きてきたのだ。
身を割くような仕打ちに独りきりで耐えてきたのだ。
それは 彼女のような少女には、余りにも重すぎた。

それでも彼女は裁かれなければならない。
例え身内を人質にされていても、真田を手に掛けていい道理にはならないのだから。


「悠名を騙して、何ともないの」

あれから 主の無事は、確認できたけれど、それを聞いて安堵の笑顔を見せた悠名が、すっかり塞ぎ込んでいて。
今は話せる状況ではないかもしれない。
それでも俺は悠名に彼女を会わせなければならなかった。

そうでなければ、

「あの子だって、私を騙しているわ」

何も、終わらないし。

「異国の人間が突然 武田の姫、だなんて。さぞ気分が良いでしょうね」

何も、始まらない。



「でも…幸村様はご無事なのね」

やつれた顔が、歪んだものからほっと安堵したものへと変わる。

「もうお終い。あの子は……連れていかれてしまう…」

格子を強く握り締めて、彼女は目を伏せた。
長い睫から離れた涙は 一滴、ぱたりと落ちる。

「私は……あの子を守れなかった…」

ぽつりと呟いた彼女は、姉というよりも母のようだった。



* * *




「しかし、宜しいのですか、仮にも幸村様に手をかけた罪人を外に出すなど…」
「これは旦那の命令でもあるんですよ。お館様には俺がうまいこと言っとくからさ。今は黙っといてよ。何かあれば俺が対処しますから」

から、
開けた障子の向こうには少女が一人。
此方に気づくと和らげていた表情が堅いものへと変わる。

悠名から少し離れて座った陽名は、静かに息を吐いてから窺うように幸村を見た。

「幸村は、今は寝ています」
「そう…」

刹那。
確かに感じた殺気に、彼女を窺ったが 陽名は動かなかった。
 
「それなら遠慮なくお話ができるわ」
「陽名ちゃん…」

普段の柔らかな物言いから、静かで冷たさのあるものに変わったひなに 悠名の肩が少しだけ揺れた。

「武田のお姫様でしたのね、悠名さん」

陽名は、真っ直ぐに悠名を見つめる。

「状況が変わったんです。あのときはまだ、この屋敷の人間ではありませんでした。それでも、嘘をついたことは謝ります。幸村を慕うあなたに嫌われたくなかったからこのことは伏せていました」

見つめ返す悠名の目には 未だ困惑の色が浮かんでいる。

「でも…私はあなたに、幸村に謝ってほしい。どうしてあんなことしたんですか、あなたは幸村のことが好きなのに」

まさか 自分と年の近い少女が、と信じられないのだろう。

「幸村だってあんなに、あなたと楽しそうに話していたじゃないですか」

笑って冗談を言い合えるくらいに。

「どうして…殺そうと、したんですか。私には、わからない」

 
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