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Yu u ka i i chi re n

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仄かに香る、桜の香り。
白くて細い、華奢な腕。

彼女は、どこか憂いのある、素敵な女の子だった。



* * *




熱湯を粉に注ぎ、熱いままそれを纏めていく。
後ろでは仕入れの計算が合わない、と算盤と睨めっこしているおばさんの背中があった。
そう言えばご主人はどうしたのだろう。
3日前に会ったきり、姿を見ないけど。

「陽名ちゃんはいつからここで働いてるの?」
「昨年の暮れからでしょうか…住み込みで働かせてもらっています」
 
銅鍋を磨きながら、私は手早く作業をする陽名ちゃんに話しかける。
不意に横髪が頬に触れて、鬱陶しいと髪に触れれば一つに結わえたはずの髪が下りていた。
足元を探せば使いものにならなくなった髪ゴム。
真ん中で丁度切れていた。

「…う……安物だからかなぁ」

橙のそれは先週100均で箱買いしたものだ。
絆創膏はまだ沢山あるけど、髪ゴムはこれだけ。
また 私の身に着けていた現代のものが消えていく。
嘆いていても仕様がないのだけれど。

「ご両親は何してる人なの?」

一先ず程良い紐で髪を纏め、私は作業を再開させる。

「両親は他界しました。私の家族は5つになる弟だけで…今は親戚を頼って弟の面倒を見てもらっています」

何となく聞いただけなんだけど、それは「普通の家庭の話題」などではなく。
陽名ちゃんは手を止めて、言葉を選ぶようにしてそう言った。

「そ…っそうだったんだ。ごめん。無神経だったね」
「いえ、いいんです。もう過去のことですから」

寂しそうな笑顔に、かけられる言葉も見つからず何も言えなくなる。
彼女はすまなそうな顔をした後、また手を動かし始めた。

「悠名さんのご家族は?」

短い沈黙を破ったのは、彼女からだった。

「あ、えっと…」

何とかおかしくない嘘を考える傍ら、覚えるのは少しの罪悪感。
でも、仕方ないことだよね。

「ずっと、遠くにいるの。今は親戚の人に世話になってて…陽名ちゃんと、少しだけ似てるかな」
「そうですね。少しだけ」

武田でお世話になってるなんて、言えるわけがないから言葉を濁した。
これなら、そんなに嘘でもないよね。

そう言えば陽名ちゃん、やっと私について質問してくれたけど…
幸村のこと聞かないなぁ。


何もすることが無くなった私は陽名ちゃんの仕事を手伝おう、と隣に立った。

細い指が団子を丸めていく。
それを綺麗に並べて布巾を被せながら、私は彼女の細い首だとか、綺麗なうなじに見とれてしまう。

「私は、悠名さんが羨ましい」
「え?」
「いつも、ああして…幸村様の傍にいられるから」

額から垂れた汗が首筋を伝い襟元まで流れていく。
 
「他に慕う人がいるのに、幸村様も、だなんて」

その様が窓からの光で艶々として見えて…妙に艶めかしい。

「悠名さんは、…ずるい」
「っ……」

一瞬だけ、此方を見たその目に、私は 背筋を さぁっと冷たい何かが走って行くのを感じた。
布巾を持つ手が震える。

「やだ、冗談ですよ。ごめんなさい、意地悪なこと言って。悠名さんが羨ましいだけです」

何だろう。
何だか考えちゃいけないようなことばかりが浮かぶ。
陽名ちゃんの目、私を憎んでるみたいに見える。

「悠名さーん、外に出てる敷き板、全部持ってきてくれる?」
「あ、はいっ」

おばさんの声にはっとして、私は急いで店の外へと駆けていった。
それは何かわからないものから逃げ出すようにして、だったのかもしれない。

あの子は幸村のことを本気で想っているんだ。
容姿も気品も、比べものにならないくらい大したことのない私に、嫉妬するくらいに。

一瞬感じた憎悪からの殺意にも似たそれ。
同じ年頃の少女であるはずの陽名ちゃんに「女」を見てしまった気がして…

私は少し、怖かったのだ。

 
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