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紫陽花の邂逅

雨粒滴る紫陽花の下。
捨て犬のように震える体が 俺を呼んでるような気がしたから。





「雨宿り…じゃねえよな。どう見ても」

青いパーカーに、少し汚れたジーパン。
背が高く、大きめの花を咲かせているとはいえ雨避けになるのだろうか。

母の墓参りから帰って来たあと、ぼうっと一人で街をふらついていた俺の前に、現れたのは 捨て犬のように丸まった人間、だった。
横たわったソイツを見下ろして、俺はどうしたものかと首を捻る。

自分と同じくらいの年だろうか。
酷く衰弱している。

幸い、うちは病院だ。
もし怪我でもして動けないなら手当て出来ないこともない。
だが相手は特に助けを求める様子はないし、家出息子ならそういう気遣いは迷惑がられるかもしれない。

それでも放っておいたらいけない気がした。
土に伏す青白い頬に雨粒が当たっていく様を見ていたら、ぞくりと寒気した。
このまま溶けて、どろどろになって、紫陽花の栄養になっちまうんじゃないか、とか。
アホなことを真剣に考えてしまう俺がいる。

助けるとか、そんな難しいことじゃない。
ただ、なんとなく。なんとなくだ。

「ここ」から出してあげなきゃいけない気がした。



「お前、ウチ来るか?」


差し伸べられた手に、酷く驚いたらしい。
ポカンと呆けたソイツは、初めて俺と目を合わせた。

「俺んち、病院だし…っつっても町医者だけど。お前さえよければ」
「わるいけど…おれ、人間じゃないよ」

…しゃべった。
瞬きもしない、無表情の奴。

ソイツは海のような群青の髪と、吸い込まれそうなほどのビー玉みたいな青い瞳をしていた。
一瞬だけ目を奪われて、だけど返された言葉に「あ?」と聞き返す。

「わかったら、あっち行って。おれは生きなくちゃいけないんだ」

また目を逸らしたソイツは、俺が立ち去るのを待つことにしたようだ。
覚めた目が向けるのは虚空。
何も映さない、綺麗な瞳。

あの日の空と同じ色。
コイツの目は、「あの日」の俺と、同じ色。


だけど言っていることと、やっていることが滅茶苦茶だ。
生きる意志など何もないように感じた。

「見ず知らずの人の世話には なれないよ……」

ぽつりと呟かれた言葉に我慢が出来なくなって、俺はソイツの腕を強引に掴んで無理に此方を向かせた。

「いいから、俺んち来いよ!医者の息子としてお前に衰弱死なんかされたらたまんねえんだよ」

迷惑とか、そういうこと考えるなら、初めから拒否するな。

「ここまで言ってもまだここにずっといる気なら縄に繋いででも連れてくぞ野良犬ッ」

偽善とか、エゴとか、そういうふうにも言えるのかもしれない。
けれど親父ならきっと今俺がコイツに言ったようにして連れ帰るだろう。
 
 
次第に雨は弱くなってきていた。
傘で踊る雨音が弱まる。

途切れがちに、ポツポツと踊る雨。
まるで俺たちの会話みたいだ。





「ほんとに、ついてっていいの?」

どのくらい経ったかわからない。
小雨になった雨の中、ソイツは小声で聞いてきた。

「いいよ」

信じろ、と、俺は強く頷いてやる。

「ほんとに?」
「しつこいな、日本語わかんない?おいでって言ってんだろ!」

再度合わされたその蒼から零れ落ちたものは雨粒ではない。
掴んだ腕を放したら、恐る恐る細い手が伸ばされる。

ぎゅっと握ると、ソイツは咳をきったように はらはらと涙を零していった。



ずっと我慢してたのか。
ここに来るまでどうしてた?
ただの家出じゃないんだろ。



聞こうと思ったそれは飲み込んで、まずはしゃがんだ体勢を崩して立ち上がる。
相手もつられるように立ち上がった。



* * *



家への道を、そのまま歩く。

「お前手ほんと冷てぇな。いつからあそこにいたんだよ」

繋いだ手は放さないように ぎゅっと握ったまま。

「ずっとだよ」

俺の質問に、ソイツは 明るい声でそう言った。


「え…ずっと?」

「そう。ずっと。
誰かが迎えにきてくれるのを、待ってた。
…きみだったのかもね、それは」





灰色の雲は流れて空が晴れていく。
滴り落ちる雨粒が土に踊る。


「俺はざくろ。最初にもらった名前だ」


吸い込まれるなんてものじゃない。
根こそぎ持っていかれるようだ。


「きみの名前も、教えてよ」


外国人みたいな青い瞳が俺を捉えて笑っていた。








**
出逢い編。一護君の可愛さに思わずほわんってなったんだよっていう話。

11'05/13 再録

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