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Reverse day


いつからだろう。
おいで、と言われなくなったのは。
手を差し伸べられなくなったのは。
優しかったあの人たちは、もう僕を見ない。
僕のものだった笑顔は新しく飼ったその小さな体に向けられる。
嫌われたわけではない。飽きられただけ。
だけど、気づいたときには僕の居場所はどこにもなかった。

次の主人の家でも同じ。
もう慣れた。
捨てられないだけ、大事にされていると思った。
それでも心のどこかでは望んでいた。
ただ愛されたかった。どの主人からも。




「ねえ、オオカミー。遊ぼうよ」

新しい主人の屋敷で出会ったその少年は、敷地の三分の二を覆う庭に囲われた 大きな匣の中で、自由のない生を送っていた。
幼いその命は、ただ死を待つだけの存在と知ったのはここに来て数日たった頃だっただろうか。

無邪気な笑顔が昔の自分のようで妙に苛立った。
俺に関係はないと考えないふりをした。

「ねえ、あそぼうってば、オオカミー」

ベッドから呼ぶ幼い声に、聞こえないふり。
そもそも俺はオオカミじゃない。これでも血統証の付いた犬種なんだ。
これだから子供は。オオカミだから格好良いなんて短絡思考…子供に付き合っている時間などない。
この屋敷を守ることだけが俺がここにいる理由。
主人が望むのは番犬としての己だ。

まだ咲く様子のない紫陽花の花壇の脇に体を休ませる。
そのままそよぐ風に身を任せていると、まだ諦めていなかったのか子供がまた俺を呼んだ。

「怖くないから、こっちにおいで」

驚いて首を向けた俺を、汚れのない目が俺を捉える。

「おいでよ。話し相手がほしかったんだ」
 
おいで。その三文字の言葉を、俺はよく知っていた。

恐る恐る近づいた俺に、差し伸ばされたままの小さな手。
それは雪のように冷たく、儚い。

「お前はいいね。元気に鳴いて吼えて、この庭中を、走り回れる」

もうすぐ消えてしまう命。
俺は何度も何度も祈るように手のひらを舐めた。




それから、何日も経たぬうち。
彼の容態は急変。
もう、最後の日だと覚ったのは、
紫陽花が、どの年よりも美しく咲いたその夜だった。





きみがのぞむなら
このからだをあげる
だから、「ぼく」を
走らせてください

今までありがとう、
そしてこれからは

よろしく、だね。
ざくろ。




四つ足で見る世界とは違う世界に目を細めて、月を仰ぐ。

俺は再び、生まれたのだ。
彼の代わりに「生きる」ために。
誰よりも自由であるべきだった彼が、この紫陽花の庭を走り回るために。



* * *


 
俺を呼ぶ、一護の声に気づいたのは彼が俺の肩を掴んでからだった。

「柘榴?」
「あ…」

紫陽花を前にして全く動かない俺に、具合でも悪いのかと覗き込むその顔は彼に不釣合い。

「どうした、紫陽花なんか見て、ぼーっとして」

心配なんて、お前にはしなくていいんだよ。

「なんでもないよ。ただ、懐かしいなって」
「ああそういえば、お前はここで、初めて俺と会ったんだっけ」
「うん。一護に拾われた場所。6月17日の、あの日に」

表情の曇った一護に、失言だったかと口を開いたがやめた。

その日がどんな日で、どんな思いで 一護が過ごしていたかなんて計り知れないけれど。
それでも俺にとっては、一護に逢えたかけがえのない日だから。

――生きるよ。
あと何百年、何千年だって生きて、お前を走らせてやる。


「そういえばさ、夕飯はカレーだって。早く帰ろうぜ、柘榴」

少し無理した笑顔を作る一護に、俺も笑顔を向ける。


「…そうだな」




それは 嫌になるほどの この青い空の下―ー―。




**
弟編でした。
実はこういう過去があったんです話。

11'05/13 再録
 
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