text のコピー | ナノ

「ただいまー」

真っ暗な部屋に木霊する私の声におかえりなんて言葉は返ってこない。もちろん、この部屋の住人は私しかいないのだから当然といえば当然だが、たま に転がり込む変わり者が一人いるくらいだ。
世の中では人気モデルとして名が通っているのだが、確かに顔はいいとは思うけれど性格を考慮すれば対したことないと私は思う。

中学時代から何かに託つけて付きまとわれて、今も関係を保ち続けて現在まできている。ガチャと冷蔵庫を開けて、ミネラルウォーターを身体に流し込む。
すると、ブブブッとポケットにしまっていた携帯が震えた。

「はい、みょうじです」
「あ、なまえっち?帰ってきてるスか?」
「なんだ、黄瀬か。うん、今帰ってきたとこ」 「今から行くから、飯用意しておいてほしいス!じゃ!」
「ちょっ…」

ブツリと切られた電話先の彼は急いでいるようで息を切らしていたご様子。しかし、急に来ると言われ、ついでに飯もなんて何て図々しい奴だと前々から思う。
何度か来たことがある内容の電話は最低一時間半後だということは長い付き合いから皆目検討がつく。 仕方無しに冷蔵庫と相談しながら、二人分の夕飯を作っているとバタンと玄関を開けられて黄色い髪が部屋に上がり込んできた。

「随分、早かったね。それより、その荷物は何なの?」

丁度よく出来上がったご飯をテーブルに運んでいるとドカドカと置き始めた大荷物に私は眉間に皺をよせる。
まるで今日は泊まり掛けで何かをする様にもみえる。

「なに言ってんスか!誕生日会に決まってるス」

最近全然見ていなかったカレンダーには丸がついていて、これは前に黄瀬が勝手につけていったものだ。 そうか、今日は6月18日だったのかと一人で納得してると後ろからクラッカーを鳴らされた。
なんて心臓に悪いことをしてくれる、くそ餓鬼め!
「なまえっち、誕生日おめでとう」

そうにっこり笑う彼は、社会人になってもピュアボーイだと思う。
社会に出て、色んな事を眼にしてきた私はもう黒く染まりかけているというのに何とも羨ましい。

「黄瀬も誕生日おめでとう」

そう返せば、頬を少しだけ染めて含羞(はにか)むもんだから、そこら辺の女の子よりずっと可愛いらしい。
今回は私の仕事が多忙過ぎて忘れていたけれど、黄瀬と出会ってからの誕生日は必ず彼がいた。ごそごそと荷物の中から箱を取り出して、私に差し出す。

「はい、プレゼント」
「有り難う。見てもいい?」

激しく頷く黄瀬の様子を確認して、ラッピングを外すと私が前々から欲しがっていたロボット型掃除機の絵の描かれた箱が目に入った。

「あの、黄瀬。いつも思うのだけど、 年々プレゼントが高級になっていってるんだけど」

私よりも社会に出るのが早かった黄瀬はそれなりに収入があった為か、年を重ねるにつれてプレゼントは高価になっていく。
ひとつの原因として、何かにつけて私にプレゼントをしてこようとする彼に困り果て、誕生日とクリスマスなど一般的な記念日しか受け取らないと宣言したのもあり奮発する傾向もあるらしい。

何より随分前に呟いた一言を此処まで覚えていられるのには感心するが、一人の友人としてこれは高価過ぎて貰うことは図々し過ぎて出来そうにない。それに今日が何日かさえ覚えていなかった私は彼にプレゼントさえ用意してないのだ。

「俺が勝手にあげてるんスから貰って欲しい。なまえっち、いま返そうとしてるでしょ?」
「当たり前でしょ。その為の中身の確認だし、私は黄瀬に何も用意してない」

嬉しいでしょうとにこにこと私が喜ぶ想像ばかりしていたんだろう黄瀬は返されそうになっている箱を見て、しょんぼりと項垂れている。これはこれで私的には可愛いと思う。

「じゃあ…俺のお願い叶えてくれないスか?それが誕生日プレゼントじゃ駄目?」

そんなことを言って私を見上げる彼の表情は真剣で綺麗な瞳をしている。裏表なく素直でピュアだからこそモデルに向いているのかもしれないなと勝手な ことを考えて、内容次第と伝えて先を促した。

正直、たまに魅せる真剣な表情の黄瀬にときめく私がいるのに気が付いたのは、 ここ数ヵ月のことだ。

「ずっと前に好きってことは言ったス。 ひとつめは、付き合ってほしいです」
「好きって言われたのは覚えてる。でも、却下。それが誕生日プレゼントはおかしい。次」
「ふたつめは、名前で呼んでほしい… ス」
「それは普通にお願いすればいいでしょう?却下、次」
「みっつめは、合鍵ください!」
「いやいや、それひとつめのお願いが成立してないと無理でしょう。却下、次」
「よっつめは、明日デートしてくださ い」
「ごめん、仕事だわ」
「何なんスか!?それ!!俺はどうしたらいいんスか?」

私から否定一方の答えしか貰えないことについに頭に来たご様子の黄瀬は大声を張り上げた。別に私も意地悪をしたいわけではない。確かに黄瀬には、高校時代に好きだとは言われたけれど、気持ちだけ知っておいてほしいとしか言われてない私も仮にも 女子だ。
きちんと、付き合ってほしいくらいは言ってほしいと思って平行線の関係を保ち続けている。そんな私も黄瀬のことが好きだったりするわけだが、彼は気づいてないようで両想いで片想い状態だ。

そして、つい数日前に”いつまでそんなことをしているんだ”と赤司くんに言われたばかりだったりする。

「じゃあ、ちゃんと私にお付き合いしてくださいって告白してよ」

折角の誕生日なのにとぶつぶつ呟く黄瀬にそう言葉を返せば、驚いた顔をして瞬きを数回繰り返していた。
私だって自分の誕生日で好きな人の誕生日に喧嘩などしたくはない。長年の付き合いで黄瀬が私の気持ちに気づくことは可能性として低いとみて、 手っ取り早く解決法を開示してみる。

「なまえっち、ずっと好きだったス。 付き合ってください」

ほら、素直な彼らしく真っ直ぐに道標を辿った。 答えは決まっているけれど、生憎私は素直な性格ではない。

だから、ちょっと歪な愛情表現になってしまうのだけど、何故だか彼はそれだけは敏感に受け止めてくれるのだ。立ち上がって、ずっと前に作っておいた 合鍵を取り出して黄瀬の目の前に差し出す。

「はい、合鍵。だから、プレゼントは置いていってね?涼太」
「確認なんスけど…」
「なに?」
「オッケーってことでいいんですか?」
「断って欲しかっ…」

そこまで言い掛けて、飛び付くでかい犬もとい涼太押し倒された。
すごく嬉しそうに私を抱き締めてくるもんだから、文句の言葉を呑み込んだ。

「なまえっち、好きっス!」
「知ってるってば」
「もしよかったら、もうひとつ叶えてくれないスか?」
「なに?」
「なまえっちがほしいと言ったらくれますか?」
「そこは疑問系にするな。いいよ、全部あげる」

甘く耳元で囁いて、一緒にキスを添えてあげると涼太は顔を真っ赤にして幸せそ うに笑うんだ。
その笑顔に釣られて私も自然と笑みが携えながら、もう一度言ったんだ。

「涼太、大好き。誕生日おめでとう」

来年も再来年もこうして二人で誕生日を迎えたい、そう心の中で願いながら。



しあわせをなぞる純粋


(それ、まだ持ってたの?)
(当たり前ス。なまえっちに貰ったものは、全部記念日つけて保管してるスから)
(涼太って前から思ってたけど、私より女子ぽいよね)
(え?)
(あ、そうだ。今日、休み交替してもらったから) (マジすか!?)

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -