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 6月は梅雨に入るため、髪の毛がうまく纏まらないし制服は濡れるしあまり好きじゃない。と、目の前でにこにこ笑う彼に告げると「オレの誕生日なのに?」と問いかけられた。黄瀬君の誕生日がたとえ6月だとしてもそれだけを楽しみに祝日もないこの月を過ごそうだなんて私にはできなかった。たとえ、彼を独り占めしてもいいと許可をくれたってマイナス要素のほうが大きいのだ。


「黄瀬君が誕生日なのは知ってるよ」
「だよね!忘れたなんて言われたらどうしようかと思ったんスよ〜」
「忘れないよ。これ、つまらないものですが」


 今日がその日だっていうのに、ノープランで彼に会いに来るほど私も馬鹿ではない。鞄から休日に買ったばかりのプレゼントを取りだし謙譲するかのように黄瀬君に差し出すと武士っスかなんてバカにするように笑われた。
 黄瀬君と一緒にいて思ったけれど彼はわりとツボが浅い。モデルだから高飛車なのかなって疑ってかかったことを全力で謝りたいくらいフレンドリーで優しい人だった。そんな私の大好きな笑顔を向けられて、浮き足だっている自分に気がついて、照れ隠しのため彼に包装を解いてもらうように頼む。

 黄瀬君もそれに素直に頷き、丁寧にリボンを解き、包装紙を剥がしていく。その様子を食い入るように私が見つめすぎていたのか今度は穴が空きそうだと訴えながら黄瀬君はまた笑う。
よく笑う人だなぁと感心している間にプレゼントは顔を見せ、それを彼はキラキラとした目で見つめていた。


「アルバムっスか?」
「うん。黄瀬君、モデルだから撮られ慣れてると思うんだけどこれからも私との思い出を増やせたらいいなっていう、自己満足なんだけど……」
「なんで落ちてるんスか!嬉しい。ありがと、なまえちゃん」


 説明をしている最中にもしも気持ち悪がられたらどうしようと不安になり声が萎んでしまったが彼はそんな私の頬を摘まんでまたとびきりの笑顔を見せてくれた。どうやら今日は特別に機嫌がいいらしい。もしかすると私に会う前にバスケ部の先輩たちにもお祝いされたのかな。
 黄瀬君はアルバムを手に取ると、それをパラパラと捲っていく。一部にだけど今まで私たちが撮った写真をファイリングしているため懐かしいなあと彼と一緒に顔を綻ばせた。


「あ、これ記念日のっスよね。オレがネックレスあげたらなまえちゃんが泣いちゃったヤツ」
「覚えてたんだ。正直忘れてほしかったなぁ」
「忘れるわけないじゃないっスか!……あれ?」


 二人でアルバムを見て思い出話に花を咲かせていると彼が不意に包装紙をひっくり返した。するとそこからコロンと転がってきたものは黄瀬君が上手いことキャッチしたから私からはそれがなんだったのかは分からない。
 だけどこれをラッピングしたのは紛れもなく私自身で。自分が何を入れたのかは嫌でも覚えているはずだ。

 当初、彼に渡す予定だったものだけど自信がなくなり急遽アルバムに変更したのだ。未練がましく前日までそれをどうするのか迷っていたけど、まさか紛れ込んでいるだなんて想像していなかった。
 黄瀬君がキャッチした掌を広げようとしているのを見て、血の気が引いた。彼の掌が開かないようにそれを両手でぎゅっと握ると困惑した声で名前を呼ばれた。


「ごめんなさい。間違えたの……」
「なにを間違えたんスか?」
「お願い。見ないで、掌のそれそのまま返して」


 もしもそれを見てしまえば黄瀬君はきっとうんざりする。幻滅なんてされたくなくて 、どうかそのまま私に手渡してほしい。訴えるように見つめるとゆるゆると形のいい眉が下げられた。


「ごめんね?」


 その言葉にほっとして力を緩めた瞬間、黄瀬君は腕を高く上げると私が届かないように立ち上がり掌で握っていたものの正体を確認する。想像していたものと違っていたのか彼はきょとんとした顔でそれを見つめると、私に向かって差し出してきた。今にも泣いてしまいそうだったけど、なんとかそれを取り返して黄瀬君を睨むと何故責められているのか分かっていない彼は首をかしげる。


「それオレにっスよね?間違ってなくない?」
「間違えたの」
「どこがっスか?」
「……アクセサリーを異性に送るのは独占欲の現れだって雑誌で見たから。黄瀬君には渡したくない」


 最近雑誌で答えたインタビューを見たのは私がプレゼントを買った後だった。好きなタイプは「ソクバクしない子」なんだって話していて、このプレゼントはよそうと思っていたのに。彼のその言葉を見てしまったからアクセサリーなんてあげる気にはなれなかった。
 まるで私のものだと主張してしまうそれをきっと黄瀬君は嫌悪する。わざわざ嫌われてしまう要素を自分から持ってくるだなんてどうかしてる。自分の間抜けさに泣きそうになっていると黄瀬君が語りかけるような優しい声で私の名前を呼ぶ。


「オレのこと独占したくないんスか?」


 したいか、したくないかって話だったらしたいに決まってる。でも、それを言って黄瀬君に引かれたら?想像したらゾッとして言葉に詰まってしまう。


「んも〜。なんで分かってくれないんスか?ほら、」


 黄瀬君はため息をついてから、ぐいっと私に左腕を突き出してきた。そして笑顔で、私が渡すつもりのなかったブレスレットを指差した。


「なまえちゃんにつけてほしいんスけど」
「黄瀬君?」
「オレ、なまえちゃんからのものならなんだって嬉しいっスよ。だからこれもちょうだい」


 本当はこれを渡すつもりはなかったから黄瀬君の腕につける必要はないんだけど、黄瀬君がぐっとなにかを堪えるように私のことを見つめているから判断が鈍ってしまう。黄瀬君は私のことを急かしもせずにただ見てくるだけだからつけるも、つけないも私次第なのだと言われているみたい。
 蜂蜜色の瞳がほのかに揺れているのを見てしまうと、なんだか操られている気分になって彼の腕に手を伸ばす。それを確認して黄瀬君は満足げに笑っていた。


「……付き合ってもないのにソクバクする子は嫌だけど、彼女にはちょっとくらいされたいって思うんスよ」
「ちょっとくらいじゃないかもしれない」
「はは、いいじゃないっスか。してして」


 ケラケラ笑う黄瀬君は女の子の独占欲というものをよく分かってないんじゃないかって疑いたくなる。でも彼にはお姉さんが二人もいるし、そういうこともすべて分かってそうなんだけどなあ。そう思いながら黄瀬君の腕にブレスレットを取り付けると彼は誇らしげに自分の腕を見上げる。
 その顔は本当に嬉しそうで私もちょっと嬉しくなる。ありがとう、嬉しいと言いながら子供のようにきらきら笑う黄瀬君に目を奪われていると突然視線がかちあった。思わず目を反らしてしまうと彼は噴き出すように笑い、私の頭をゆっくり一回撫でてくれる。


「なまえちゃんがソクバクしてくれる分、オレもするんで覚悟してほしいっス」
「わっ… …ん、」


 頭を撫でてくれた手をそのまま頬に沿えて一度だけ唇を落とされた。黄瀬君の長いまつげが頬に当たってくすぐったいし、彼の爽やかな匂いが鼻を掠めて胸が鳴る。頭いっこぶんくらいで保たれた距離にたじろぐと黄瀬君の顔がまたぐっと近づく。


「黄瀬君、近い」
「へへ、わざとっスよ」


 黄瀬君はどうやら、近い距離に照れている私の様子を楽しんでいるようで。女の子がするみたいに私の首に両腕を回してくる。本当に近くて恥ずかしいけど、やっぱり黄瀬君が好きだから逃げたいだなんて思わない。


「オレは欲張りだからさ、もっと欲しい。もっと、もっとってなるんスよ。それでもいいっスか?」
「うん。いいよ。欲しがってほしい」
「そうっスか……んじゃあさ」


黄瀬君が私とおでこを合わせて、にんまり笑う。


「今日が終わるまで一緒にいたいって言っていいっスか?」
「もう言ってるじゃん」
「言ったけどなまえちゃんが決めていいっスよ」


 決める決めないなんて話じゃない。欲しいって言われてるんだから私の答えは決まってるのに。黄瀬君は私に言わせたいのかなぁ。ずるいなぁ。


「一緒にいよ」
「へへ、やった」
「あ、黄瀬君」


 プレゼントも渡した。一緒にいようって約束した。プレゼントは思いがけない展開になったけれど黄瀬君が満足してくれたならそれでいいや。あとは伝えていないことがあったことに気がついた。


「誕生日おめでとう」


 黄瀬君も私に言われていなかったことに気がついたのかくしゃりと顔を崩して笑ってくれた。それを見れただけで気持ちがちょっと気持ちが晴れやかになる。6月は梅雨だし祝日はないしあんまり好きじゃなかったんだけど。


「ありがと、なまえちゃん」


 黄瀬君がいつも私のとなりで笑ってくれるなら、とっても楽しくなるのかもしれない。ああ、彼が生まれてきてくれたこの日を時間ギリギリまで過ごせるだなんて。その泣きたいくらい幸せな時間に酔いたくって私から黄瀬君にくちづけた。そしたら黄瀬君が照れ臭そうに笑って、ぎゅっと手を握ってくれたから私もつられて恥ずかしくなってまた、「おめでとう」と呟いた。黄瀬君が私に向かって笑いかけてくれるからか、これからもずっと黄瀬君の誕生日を過ごしていけるのかなぁって考えたら、黄瀬君のことが愛しいように、6月を好きになれるような、そんな気がした。
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