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今までは特に自分の誕生日に思い入れなんてものはなかった。子供の頃は家族に祝われるのは確かに嬉しいイベントではあったがモデルを始めた頃から、ファン や面識のない女生徒からお祝いの言葉を言われる事には正直困惑したし、なんとも不思議な気分だった。そんな誕生日への印象が変化したのはなまえと出逢ってからの気がする。再会してから意識し ていて、付き合うようになり迎えた初めての誕生日は、忘れる事が出来ない記念日になっていた。生まれて来なければ彼女に出逢い、こんなに愛しい気持ちを抱くなんて事はなかったし、彼女と過ごす日々、会えない日だって思いは途絶え ず、黄瀬の365日はなまえによって間違いなく彩られているのだ。大袈裟かもしれないが本当にそう感じていた。

今年もなまえと一緒に誕生日を過ごせると漠然と思っていたのに、それは無理かもしれない。授業中に窓から雨上がりの校庭をぼーっと眺めて溜め息が零れていた。小さな喧嘩はちょいちょいしてい たが今回は本気で彼女を怒らせてしまい、そして傷付けてしまったのを思えば申し訳なくて仕方ない。喧嘩の後何度か電話したものの着信拒否されているのか1度も彼女は出てくれなかった。多忙な毎 日に流されて気付けば誕生日で、そんな日にしつこく連絡を取ろうとするのは何だか誕生日を祝って欲しいと催促するようで、自分のしでかした事への罪悪感も伴いスマホを視界に入れるのさえ憂鬱に なっていた。

「なまえ……会いてー」

▽ ▽ ▽


なまえが黄瀬と連絡を絶ってから2週間が過ぎていた。仕事は相変わらず忙しく充実しているのに物足りなさを感じるのはきっと彼と会っていないからだ。毎日マメに連絡をくれて少しでも時間が空けば会いに来てくれる黄瀬によってなまえの毎日、ちょっと大袈裟かもしれないが365日は彩られているのだと最近はそれを幸せに感じている。

何でもない平凡な日でも季節のイベントでも、黄瀬と過ごす日々は確実に自分を満たしてくれる愛しいもので、ずっとこんな風に過ぎて行けばと願っていた。元彼との関係を疑われてしまい大喧嘩にな り、黄瀬からの着信は全て無視している。疑われたのも悲しかったが、彼の剥き出しの嫉妬心や独占欲に驚いた反面、 それを少なからず喜んでいる自分はマゾっ気があるのかと複雑な気分だ。

気付けば彼の誕生日当日で、でも前から準備していたプレゼントは意味を無くしそうで、何より黄瀬に会えない事が寂しくて堪らない。そして仕事帰りに気分転換にぼーっと雨の中をドライブしていたらいつの間にか晴れていて、何故か神奈川まで来ている事実に呆然としていた。 今はテスト期間だったかな?と海常高校の近くに停車して広大な敷地を眺めていると制服姿の生徒達が通り過ぎてゆく。 彼は同年代の女の子と付き合う方が良いのかも知れない、なんて道端の紫陽花の花弁に頼りなく揺れる雫をぼんやりと見つめてネガティブな思いに捕らわれていた。

「……涼太、会いたいよ」

▽ ▽ ▽


校門を出て、よくあるシルバーの自動車を視界に入れた黄瀬の鼓動は速まっていた。ナンバープレートは東京のもので、 シートカバーはユニオンジャック。間違いなくなまえの車だと確信してゆっく り近付く。もし自分に気付き発車されたらどうしようと怯えたが、それでも彼女の顔が一目でも構わないから見たかった。

「……なまえ?」

コンコン、とフロントガラスを叩くとパッと上げた顔は驚きに満ちていて、瞳が少し潤んでいる。2人の視線が交わった途端にエンジン音が響いたが黄瀬は躊躇いなく前に立ちはだかっていた。

「ばか!危ないからどいて」

「やだ。なまえがオレの話を聞いてくれないなら轢かれても構わない」

クラクションを鳴らしてやろうと思ったが下校中の生徒達からの視線が痛くて、 仕方なく黄瀬を車に乗せていた。無言のまま車を走らせているとなまえが彼に告白をした海岸が見えてくる。

「ね、なまえ。ここで話しよ?」

「……うん」

ノープランで神奈川まで来て、黄瀬に見つかって慌ててしまい、まだ気持ちの整 理がつかずにいればそんな提案をされて少し安堵していた。ペンキの剥げたベンチに座り、穏やかな波の音を聞いている 内にほんのちょっとだけ落ち着いてくる。

「なまえ、何度でも謝るから。だから、オレから逃げないで。お願い」

なまえと距離を置いて座った黄瀬の泣きそうな声をうつ向いて聞きながら、小さく頷くと安心したのか息を吐き出す音が隣から届いていた。

「本当にごめん」

「もう、いいよ。私も悪かったし、涼太も悪かった。おあいこでしょ?だから、 おしまいにしよう」

「え。おしまいなんてイヤなんスけど!」

「別れようのおしまいじゃなくて、喧嘩が終わりって意味だよ。落ち着けばー か」

「……本当に?許してくれる?」

「うん」

「あの……。手、繋いでもいい?」

距離を詰めた黄瀬が恐る恐る聞いてくるのが何だか可愛いくて、なまえから手を伸ばしていた。久しぶりの彼の体温が懐かしくて安心出来て虚ろだった心がじわじわと満たされてゆく。

「あのさ。オレまだガキだし、すげー嫉妬深いし、またなまえを傷付けちゃうかもしれないけど。それってなまえが好きで堪んないからで、」

「愛故にってやつですか。重いですねー、涼太君の愛は」

「……っス。でも嫌いになんないで」

黄瀬の潤んだ切れ長の蜂蜜色の瞳にはなまえが映っていて、こちらの目頭までじわりと熱くなっていた。

「嫌いになんて、なれないっスよ、多分」

「本当に?オレなまえに嫌われたら生きてけない」

「情けないこと言わないの。せっかくのバースデーに」

「あ、忘れてた」

「涼太、ハッピーバースデー」

「……今、ハッピー過ぎて泣きそうなんスけど。ありがと、なまえ。大好き」

「知ってるし、私もだよ」

私も大概甘いなと苦笑しつつも、その蜂蜜色の瞳に映すのは何時だって私だけにしてね、何て彼に負けず劣らずの独占欲丸出しな言葉を言える訳もなくて、触れるだけのキスを黄瀬の唇に落としてい た。
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