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人間は祭というものを好む。ひなまつり、こどもの日などの日本古来のから、 イースターやハロウィンのような素性のよく知れないようなものまで、月に一度は何かしらの催し物があるようにおもう。誕生日なんかも、良い例だろう。他人の誕生日であるというだけで、その日は一年を生きるために重ねるプロセスのひとつではなくなり、誕生日というのを口実に、バカ騒ぎを提案して、甘ったるいケーキを並べる。それがオレはだいきらいだった。

「明日、黄瀬くんの誕生日なんでしょ?」

家族はおろか、自分さえも気にとめていない、黄瀬涼太という一人の人間の誕生日。記憶の中に埋没していたそれを、 引っ張り出すのはやめてほしい。当然そんなことは言えず、オレは例年通り、笑顔を貼り付ける。

「みんなでカラオケでパーティーしようよ。ね?いいでしょ。バスケ部もオフだって聞いたし!」

オレの顔を覗き込むように見上げて、小首を傾げる女。その提案も、アイロン焼けした髪の毛も、首と色が合わないくらいにファンデーションで塗り固められた 顔も、鼻につく香水も、ぜんぶぜんぶ不愉快極まりない。

「ごめんね、明日は仕事入っちゃってて…。でも、気持ちはありがたく受け取るっス!」

ただでさえ大騒ぎは苦手だというのに、 ましてカラオケボックスの中に、不快な音域の声やら好き勝手選んだ香水やらと一緒に閉じ込められて栓をされるなんて、ごめんだ。本当はない仕事を言い訳にして、女との話を終わらせた。

「涼太、元気ない?」

そこには、怪訝そうにオレの瞳を覗くなまえがいた。オレは数回まばたきをして、それから「なんでもないっスよ」と笑ってみせた。

「嘘つくの下手すぎ。…まあ言いたくない理由なら言わなくてもいいけど、涼太がしょぼくれてると私が調子狂うなあ」

オレは思っていることがすぐ顔に出るらしい。それでも、モデルの仕事のおかげ で、つくりものの笑顔だけは得意になったはずなのだけど。その下に隠したほんものの表情を、なまえはいとも簡単に見抜いた。オレのことをよく見てくれているんだろうなあなんて考えてしまうのは、自意識過剰というやつだろうか。

「大したことじゃないっスから。それに、なまえの今の言葉で元気になったっス!」

「涼太って、単純だよね」

なまえと少し話をしただけで、先ほどの不快な感情をなかったことにできるくらい、オレのあたまは単純だ。今は、自分のオプティミストの思考に感謝することにしよう。

それでも、明日の0時ぴったりには、電話やらメールやらの通知音のせいで携帯電話がうるさくなりそうだから電源は切っておこうとか、大量のプレゼントを持ち帰るためにエコバッグを持ってこようとか、そんなことを嫌でも考えてしまい、オレはまたひとつため息をついた。 ゴールと自分を囲むディフェンスを崩して、自身が竜巻の中心になったかのようなダンクを決めたら、そんな悩みも吹き飛ばせるだろうか。

「こんにち…ぅわっ!」

体育館に入ったらまず挨拶をするというのは、バスケ部の暗黙のルールらしい。 だけどそれを最後まで言い切ることはできなくて、代わりに口から飛び出したのは驚きを表す言葉だった。何に驚いたかって、点でばらばらに鳴り響いた5つの破裂音と、自分めがけて飛んでくるメタリックカラーが目に優しくないカラーテープにである。

お誕生日おめでとう

最前列に立つなまえ、面倒くさそうな様子の笠松先輩、それなりに楽しそうな森山先輩、早川先輩、一歩後ろで苦笑いとも微笑ともとれる曖昧な笑みを浮かべる小堀先輩、5人の声のユニゾン。そうして、先輩たちは何事もなかったかのように練習に戻ろうとする。クラッカーのゴミはお前が片付けとけよ。笠松先輩が言った。

「…祝ってもらえるのは嬉しいんスけど、オレの誕生日、明日っスよ?」

「んなの興味ねえけど知ってるっつの! けどみょうじが…!」

振り向きざまに言う笠松先輩からなまえに目を戻せば、彼女はやさしく微笑んだ。やわらかな彼女の髪が一束、 胸元にさらりと落ちた。

「明日はふたりでゆっくり過ごしたいなあって、思って」

ありのままのオレのことを受け止めて理解してくれる彼女と、バカップルと言われかねないオレたちを、なんだかんだで見守ってくれる先輩たち。笠松先輩でさえ、蹴りを入れてくることはなくて。柄 にもなく、幸せだなあなんて、おもってしまう。

「ありきたりな言葉かもしれないんスけど、なまえのおかげで今年が今までで一番の誕生日になりそうっス」

「ありきたりなんかじゃないよ。だって、それが涼太の素直な気持ちでしょ? だったら、私にとっては一番のほめ言葉!」

ふにゃり。なまえの笑顔はいつにもなくやわらかくて、だらしがなくて、幸せの温度でとけてしまったかのようだ。でも、そんな姿がどうしようもなく愛しい。綺麗なケーキの上で、格好がつかな くなってしまったクリームのようなそれを、今すぐにでも味わいたい。

こんなにも明日を迎えるのが楽しみなのは、はじめてだ。
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