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「ねえねえなまえっ!」
「なに?…ファッション雑誌なんて広げちゃって」
「今日さ、黄瀬君誕生日なんだって!」
「……は?」


危うく珈琲牛乳の入った紙パックを落しそうになった。私が動揺を隠せずにいる今も、目の前の友人は雑誌を広げてうっとりしている。そんなことはどうでもいい。今コイツ何って言った?


「ゴメン聞こえなかった。もっかい言って」
「もー仕方ないなぁ。きょ・う・は!!黄瀬君の!!お誕生日ですっっ!!!」


そういってキャピ☆ってする友人にいつもなら冷めた目で見るとか、馬鹿にするとかするんだけど。
取り敢えず、私の頭の中は絶賛キャパオーバーである。


***


梅雨真っ只中、そろそろ本格的に暑くなってくる。うちの高校は制服の色味こそ地味だが、その分シンプルなので着こなしやすい。夏服も然り、私はネクタイは外して着ていた水色のパーカーを腰で巻いた。


「なまえーお待たせッスー!」


ちょうど巻き終えた頃合にヤツはやってくる。蜂蜜色の綺麗な髪を揺らして駆け寄ってくる様はゴールデンなんとかっていう大型犬みたいだ。…言ったらたぶん怒られる。


「遅い。かなり待った」
「ゴメンってば〜許してッス…」
「アイス奢ってくれるんなら許してあげる」
「全力で奢らせてもらうッス!!」


なんて日常会話をしながら彼の持っている大きめの傘に入る。彼、基、黄瀬君は言わずもがな私の彼氏さんである。そして夏服もばっちり着こなしている。何コイツかっこよすぎる腹立つ。


「ん〜…なまえ〜アイスどれがいいッスかー?」
「なんでもいいけどチョコはいや」
「え!?チョコ美味いじゃないッスか!!」
「このくそ暑いときに食えるかそんな甘ったるいヤツ」


まだ何か言いたそうな顔をしながらも、アイス売場に顔を戻すのを確認して、私はこっそりと別のアイスの棚のところに移動する。黄瀬君があさっているのはボックスであって、私は棚である。よって値段も跳ね上がる。いつもの私なら覗かない棚だけど、彼氏の誕生日を知らず、挙句の果てには無視する寸前だったわけで。当然プレゼントも何もない。


「さー食べるッスよなまえ!!やっぱ夏といえばガリ○リ君っしょ!!」


溶けないうちにどうぞ、と差し出してくれる黄瀬君の顔を見た途端、さっきまで抑えていたはずの罪悪感や自傷感が押し寄せる。眼前がぼやける。


「え、!?ちょ、ちょっとなまえ!?どうしたんスか!?どっか痛いんスか!?」
「ちがうぅぅう…ううう黄瀬君なんて嫌いぃぃぃい…」
「えええ!?」
「ごめんなさいぃぃい…私、黄瀬君の誕生日知らなかったんですぅぅぅう…何もないんです…ごめんなさいぃぃい…」


コンビニの前でこんなみっともなく泣いてしまったのは人生で初めてではないだろうか。いや、きっとそうに違いない。私は黄瀬君といると自分でもびっくりしてしてしまう行動を起こすのだ。通行人がなんだなんだ、とちらちらと此方を覗っているのも構わずに涙はあふれ出る。


「…え、俺の誕生日?」
「今日なんでしょ…?6月18日…」
「…そういえば。やたら女の子たちがなんか持ってくると思ってたら、そっか、今日誕生日か…」
「…まさか知らなかったの?」
「今なまえに言われるまで気づかなかったッス」


脱力。雨でぬれているのも構わず私は地面に崩れ落ち…そうになったところを黄瀬君に抱きとめられる。なに、ていうことはコイツ、私が朝から悩んでいたのに自分の誕生日を本人は綺麗さっぱり忘れていたとでもいうのか。私の一日返せやコラァ。


「私の悩みは一体…」
「でも、なまえは覚えてなかったのかぁ…。悲しいッスね俺彼氏なのに」
「自分は忘れてたじゃんか!!あー心配して損した!もうこのハーゲン○ッツは私が食べる!!」


そしてスプーンにすくった瞬間、その上に乗っけたはずの個体が消えうせる。それから頭上で美味い、と感嘆の声。


「美味い!流石ハーゲン○ッツ、100円アイスには比べ物にならないッスね!」
「何してんの!?私のアイスだよ!?」
「じゃあ、これ俺の誕生日プレゼントにしてください。+あーん付きで」


好きだよ、なんて耳元で言われて頷かない女はいないと思う。
あざとい私の彼氏さまにハッピーバースデイ!!

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テーマ「人外ファンタジー」
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