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誕生日だと言うのに、今日はとことんツイていなかった。
朝、降水確率0%だと笑顔で告げた女子アナを信じて傘も持たずに登校したら雨に降られた。しかも、土砂降り。まあ、途中で傘に入れてくれる子がいたからびしょ濡れにはならずに済んだけど。
そして、今日は授業でやたらと当てられた。宿題から出される問題は何とかなったけど、授業なんて話し半分にしか聞いてないから内容なんか答えられる筈がない。
昼には財布を忘れた事に気付いて、何も食べられないかと思った。優しい子がお弁当を分けてくれたおかげで何とか午後も凌げたけど。
そんな少ししか昼食を食べてない状況でバスケなんかやれる訳もなく、気がそぞろになって顔面にボールがぶつかるわ、笠松先輩に怒鳴られるわ、殴られるわ、もう散々だった。
そう、身振り手振りを交えて語る幼馴染みに私が返した言葉は「あ、そう」だった。途端に黄瀬君が泣きそうな顔をする。

「ちょ、それだけッスか!? 冷たくないッスか、なまえさん」
「何が? こんな夜中にバルコニー伝って人の部屋に上がり込んだ挙げ句にそんな話をする常識知らずに帰れと怒鳴らないだけ私は寛大じゃない?」「うぅ、だって、こんな時間に玄関からお邪魔する訳にはいかないッスよ」
「そんな常識があるならまた今度にするか電話にしなさいよ」
「いや、直接顔見て言いたかったんスよ。それに、今日じゃなきゃ意味がない」
「あんな長ったらしい愚痴を私に話すのが?」
「そうだけど、そうじゃないッス。一番聞いて欲しいのは、最初の方ッス」
「最初?」

バルコニーに来たはいいけど、窓が開いてなくて泣きそうな声を張り上げて窓を叩いていた黄瀬君しか思い出せない。そのせいで起こされてしまった、私と近所の迷惑を考えない男である。
と言うか、何で黄瀬君の家族もうちの両親も声が聞こえていただろうに放置なんだ。普通は心配して来るだろう、いや、本当に来られたら話が面倒くさくなるからいいんだけど。
明らかに思考が横道に逸れはじめたのを悟ったのか、黄瀬君から「ちゃんと思い出してるッスか?」と声がかかる。さすがは幼馴染み、と感心しながら、私は首を縦に振った。

「一応。ただ、バルコニーで黄瀬君が泣きながら窓を叩いてた事しか思い出せないけど」
「それは忘れて欲しいッス!」
「後は、窓を開けたら開けたで私に口を開く隙も与えずに聞いて欲しい事があるって長々と愚痴ってただけじゃない」
「いや、その冒頭が大事なんスけど」
「冒頭? ……いや、こんな連想ゲームするよりも用件を言って貰った方が早いわ。何?」
「えー、言いにくい事なんスけど……」
「そう。じゃあ、帰れ」

何故か頬を染めてもじもじし出した黄瀬君にイラッとしたので、窓を指差しながら言う。

「言うッス! 言うからそんな笑顔で帰れなんて言わないで欲しいッス」
「よし。それで、何?」
「……なまえさんに、誕生日を祝って貰いたかったんス」
「……電話じゃ駄目だったの?」

照れ臭そうにはにかみながら言う黄瀬君に私はもっともな疑問を返したつもりだったのだが、黄瀬君が明らかにショックを受けた顔で固まった。ついでに涙目だ。

「え、そんな傷付く事言った? 私」
「だって、好きな人には直接祝って貰いたいじゃないッスかー……」

恨めしげに睨まれて、私は苦笑した。心臓がいつもより速い、幼馴染みとしての好きだと分かっていても不意打ちの好きは照れる。

「ごめん。――黄瀬君、」

ベッドに座っていた私は床に座り直しながら、名前を呼ぶ。黄瀬君が緊張した顔で背筋を伸ばした。大袈裟な反応だなぁ、なんて笑いながら「誕生日、おめでとう」一言ずつ、噛み締めるようにゆっくりと言う。黄瀬君がまた泣きそうになりながら笑う。
私といる時の彼は気が抜けているのか、泣き虫でいけない。

『きーちゃんだけはわたしからはなれないでね』

彼が私といるのはあの時の約束を守る為だけなのかもしれない、それでも、私に甘えてくれる彼を手放せない私は甘えてしまっているのだ、彼に。
もう彼はなまえ姉なんて呼んでくれないけど、私はもうきーちゃんなんて呼ばないけど、それでも、距離は変わっても私達はずっと一緒にいるのだろう。
感極まったのか、私を押し倒す勢いで抱き着いてきた黄瀬君の頭を撫でてあやしながら、そんな事を思った。


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