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スケジュール帳のカレンダーに記された小さなお花のマークは、今日が大好きな人の生まれた、大切な日であることを意味する。

だけど、一年にたった一度の特別な日だというのに、神様はちっとも優しくない。忙しい彼は今日も例に漏れずきっちり仕事が入っているのだ。


「まだかなあ」


ぽつりと呟いた言葉はシンとした一人きりの部屋に吸い込まれていく。
忙しいのは分かっているけれど少しでいいからお祝いがしたいと事前に無理を言えば、俺も会いたいと言ってくれて、帰りはきっと遅くなるから先に部屋に上がっておくようにと合鍵を渡された。


彼の家にお邪魔するのは初めてのことではないし、夜に会うことに慣れていないわけでもない。
だけど何と言っても今日は特別な日。いつものソファーに座ってみても、特にわけもなくテレビをつけてみても、どこか落ち着かなくてそわそわしてしまう。
髪の毛、変なところないかな。
台所を借りて作った彼の好きな料理は、見た目はともかく味は大丈夫なはずだったし、ケーキはきっと撮影の後に仕事関係の人からお祝いしてもらうんじゃないかと思ったからやめたけど、代わりに買ってきた少し贅沢めのシャンパンはちゃんと冷蔵庫に入れてある。
何も心配することはない、あとは彼が帰ってくるだけ。
そう言い聞かせてぎゅっと目をつぶる。

未だに連絡のないケータイはテーブルの上に置いたままだ。
彼のことだからきっと仕事が終わったらすぐに、今から帰るとメールをくれるだろう。
ああ、まだかなまだかな。
数十分、あるいは数時間後に彼に会える未来が待ち遠しくもあり、またそれを待つのが幸せでもある。プレゼントをあげればどんな顔をするだろう、きっと喜んでくれるだろう、そう考えるだけで、ふふ、と思わず笑みがこぼれた。



***



「なまえ、………なまえ、」

「ん、」

遠くで誰かが私の名前を呼んでいるのに気づく。


「こんなとこで寝たら風邪ひくッスよ、ほら、あっちに布団あるから、」

「うーん、……りょーた、くん?」

眠い目をしょぼしょぼさせて眩しい照明の下に浮かぶ人物を見上げる。
夢でも見ているのだろうと思った。


「そうだよ、涼太くんですよー」

耳元で囁く声がくすぐったくて寝返りをうつと、目の前にやわらかいレモンイエローが広がる。
その見慣れた色にピクリと意識が反応した。


「涼太、くん…」

まだぼんやりした思考回路でおもむろに目の前の黄色に手を伸ばすと、その指先をすっと握られて彼の方へと引き寄せられる。
ちゅ、と小さな音、でも絶対に聞き逃すことのない程度に強調された音を耳にして、ようやくはっとした。
夢じゃない、いつの間にか私は眠ってしまっていたようだ。


「ただいま」


指先に寄せていた唇を離すと、涼太くんはそう告げた。
ソファーに丸まっていた私のそばにしゃがみこんでいる彼は、たった今帰ったばかりのようで、ガラスのテーブルの上に投げ出した私のケータイの横に、おしゃれな革のホルダーケースに繋がれた鍵とスマートフォンが並んでいた。
ほんの一瞬それらに滑らせた視線を見て彼はひとつ頷く。


「電話したのに出ないから心配したんスよ」

待ちくたびれて怒ってるのかなーなんて、と眉を下げた彼に、私はとんでもないとばかりにふるふると首をふってみせる。


「全然、怒ってなんかないよ。むしろお仕事あって忙しかったのに無理言ってごめんね。お疲れ様、涼太くん」

「うん、お待たせ」


よしよしと私の頭を撫でる大きな手。
心地よくて目をつぶると、彼は少し首を傾けて、眠たい?と尋ねた。


「眠く、なんか、ない」

「うそ、もうこんな時間だし」


遅くなってほんとごめん、と彼はまた眉を下げる。

こんな時間、と彼の言ったとおり、時計を見ればもう日付をまたぐ寸前だった。
仕事のあと、案の定スタッフの人たちがサプライズを企画してくれていたらしくて、せっかくの誘いを断れずに最後まで付き合ったのだと言う。
仕方ないよ、それは分かってたことだし、だから私、そんなことで怒ったりなんかしない。


「涼太くん」

「はい」

「あのね、おかえりなさい、おつかれさま、…それから、
お誕生日、おめでとう」


立て続けにそう伝えると、頭を撫でるその手が一瞬止まって、それからすぐ嬉しそうに笑う。

ああ好きだなあって。 この顔をみるといつも思うのだ。

「ありがと、今日最後のおめでとうはなまえからもらえた」

そう言って優しく私の顔にかかる髪をかきあげると、おでこにひとつキスを落とす。

「んっ…くすぐったいよ」

「ふふ、今日は何だかおとなしいッスね。眠いからかな、それとも俺の誕生日だからわがまま聞いてくれてるの」

「いつもおとなしいもん」

「えー、ちょっと触ったりキスしたりす るだけですぐバカバカーって嫌がるじゃないスかあ」

拗ねたように涼太くんがそう言うものだから、ほんの少し、普段のあまのじゃくな自分を反省。あれは嫌がっているわけじゃないのだ、ただ恥ずかしいだけ。

「分かった、じゃあ今日は特別だよ」

そう言ってちょうど私の頬にあった涼太くんの手をそっととると、先ほど彼がしたように私も自らの唇を寄せる。 音はたてられなかったけど、その綺麗な手の甲にふわりと唇を押し当てれば、彼は驚いたように目をまあるくした。

「今日は特別な日だから何でもわがまま言っていいよ、私がきく。て言ってもあと三分しか残ってないんだけ、ど、…… え」

とん、と顔を両側からはさむように、耳 の横に彼が手をついてソファーの上に乗っかる。 ほんの一瞬のこと。 見上げれば天井を背景に照明の光に照ら された涼太くんの金髪が揺れた。

「ちょ、涼太、く」

「そんなこと言っちゃって、いいんスか」

急にぐっと顔を近づけられて思わず顔を横にそらすと、ちょうど彼の方へ耳を向ける形になり、その鼓膜へとダイレクトに甘い声が囁く。 思わず身を固くするけれど、そんなことなど彼はお構いなしで、手のひらの代わりに次はソファーに肘をついてくる。 さらに距離がつまった、その吐息まで感 じられるほどだ。

「俺、わりとわがままッスよ」

恐る恐る視線を戻すと、いいの?と言うように、いつになく真剣な顔がのぞきこむ。 どくん、大きくひとつ心臓が跳ねた。

「けど、…あと三分だけ、って言ったよね」

念を押せば、そんなこと知らないとばかりに唇を塞がれる。

抵抗?もうとっくにしてるけど、彼の大きな体に包まれては、押し返そうとする手のひらさえ何の意味もなさない。

「う、…んんっ」

「なまえが悪いんスよ、三分なんかで離してやるわけない」

体を密着させるように迫ってくる涼太くんに危機感を覚える。 何だか危険な雰囲気だこれは。 まずい。まずいよ。

「ま、待って、ご飯!あるよ!作ったんだけど私もまだ食べてないし、……と、 プレゼント、も渡してない、し、」

テンパりながら言葉だけ並べる私を遮るように彼は一言。

「全部、これ終わってからね」

プレゼントは君がいい

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