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5月から6月にかけて発売した雑誌で黄瀬涼太を載せているものにはすべて「誕生日」というキーワードが挙げられていた。6月18日は紙面に笑顔を閉じ込めている彼の誕生日だ。16になったらなにがしたいだとか、今の心境だとか同じような質問の羅列に黄瀬涼太は同じような答えをニュアンスを変えて話している。

「みょうじさん、今月の18日オレに付き合ってください」

どの雑誌でもニュアンスを変えていた癖に黄瀬涼太は18日をどのように過ごしたいかという問いには「検討中です」と答えていた。その検討中であった18日に過ごす相手に私を選ぶだなんてどうかしている。と思っていたが、いつも緩んでいる頬の筋肉が緊張しているかのように引き締まっていて彼を馬鹿らしいと思うことができなくなった。よくよく彼の整った顔を観察するように見てみるとその程よく健康的な肌の色にはほんのりと淡い赤が挿しているのだ。
彼の緊張が私にも伝わってきたのか、じんわりと喉の奥が熱くなり、喉にかけて一気に水分が飛んでいく。そこから徐々に私を熱が侵食していく。黄瀬君は未だに固まったままの表情を私に向けている。あまりに動かないものだから、どこかの美しい彫刻にも見えてしまう。それほどまでに人を惹き付ける彼が、どこにでもいるような私を選ぶのか。

「オレ¨と¨付き合って、じゃなくてオレ¨に¨付き合って、なんだ」

そこが少し残念なところで聞いてみると思いもよらぬ答えが返ってきて息の仕方を忘れるかと思った。「そんなこと言ったってみょうじさんは応えてくれないじゃないっスか」と悲しみの色の含んだ声がやけにリアルでかける言葉を失ってしまうのだ。どういう意味にとればいいのか分からない返し方に、緊張を悟られまいと強く拳の中で爪を立てた。落ち着け、流されるな、心の中でゆっくり反芻して蜂蜜のように澄んだ瞳を見つめ返す。はやく返事をしようとか、さっきの応えてくれないと言ったことについて訂正しないと、とか考えていたら喉に鉛がこびりついたかのような不快感を覚え、黄瀬君の前でなにも言えなくなる。
なにも言わない私に黄瀬君は深くため息をつくとくしゃりと細く艶やかな髪を掻き分けた。雑誌から切り取ったような様になる仕草に見とれていると彼は先程のような緊張した面持ちで私を射抜いてくるのだ。

「オレ、みょうじさんが好きだって告白したの覚えてるっスか? それとも知っててオレのことからかってんスか?」
「……からかって、ないです」

彼が私を選ぶということが夢のようでこっちがからかわれているんじゃないかと今でも思う。しかし、黄瀬君と私の仲を囃し立てるものは誰もいない。彼が牽制しているだけだと思いきや、それもどうやら違うようで。彼の私に対する蜂蜜のようにほんのり甘い態度や、憧憬を混ぜたようなむず痒い視線が答だと訴えるよう、私にとびきり甘い声で語りかけてくるのだから、否定も拒絶もできやしない。

「好きっス」
「うん」
「みょうじさんが本気で好きっス。誕生日プレゼントなんていらない。だから、ただ一緒にいたいんス」

あまりにも真剣な顔で、私を見つける。意味が伝わっているのか確認のためか、私を誘惑するためか、彼は控えめに私の手の甲を撫ぜる。そして、からかっていないことをお互いが確認すると、黄瀬君は少しだけ安堵した表情を見せるもそれはほんの一瞬。すぐさまお堅い表情に刷り変わった。

「んで……付き合ってくれるんスか?」

どうなんスか? アーモンド型の瞳がじっと答えを急かす。早く答えてほしいと思っていそうなのに、断られてしまうかもという不安からそのアーモンドの中の黄色は揺れている。そんな黄瀬君をよそに問いかけられた時点で、私の答えは決まっていたのだろう。意外とあっさり了承していた自分に驚いた。黄瀬君には釣り合わないから、と変な言い訳でも並べてしまうのかと思っていたのに、彼の誕生日を祝えるというオプションがどのブランドなんかよりも素敵にみえたのだ。別にオプションばかりに飛び付いた訳でも、あの黄瀬涼太が私と一緒に過ごしたいと言ってくれたから有頂天で判断力が鈍っていたわけでもない。私は、黄瀬君の誕生日をただ祝いたかったのだ。誰よりもはやく、一番に「おめでとう」と伝えたかった。
答えを聞いた時の黄瀬君は瞳をぱちりと数回瞬かせてからガッツポーズで喜んでいた。こうも喜んでくれるだなんて思っていなかったために彼が手放しで喜ぶ様を目の当たりにして少し恥ずかしい。

「オレの誕生日、わざわざ一緒に過ごしてくれるってことは告白の返事、期待してもいいんスか?」

悪戯っぽく黄瀬君は私に告げる。本人は私がその予定を埋めたことにより多少余裕を取り戻したのか嬉々として尋ねてくる。答えなど彼も検討はついているはずだが、やはり直接それを聞くことに価値があるのだと、特別な日に聞くことに意味があるのだと、つり上がっている唇が語りかけているようだった。

「黄瀬君さえ良ければ、返事期待しててくれると嬉しいかも」
「そんなこと言われたら18日まで我慢できるかわかねっスよ」

難しい問題が突然彼の前に現れたかのような物言いの黄瀬君だが、表情は今まで見た中でも一番かっこよかった。照れ隠しのように口許を覆っているけれど、その瞳だけが蕩けていてこのままじゃ私まで溶けてしまうのではないか。18日まで我慢できるか分からないと黄瀬君は言ったけど彼はきっと当日まで粘るのだろう。自分からは聞き出そうとはしない。あわよくば私がぽろりと溢してしまうのを待っているのかも。
だから、私も伝えたい言葉を今は飲み込んで待っててね、ただ彼に告げるのだ。当日にはなにか彼が驚くようなものを用意したい。返事が楽しみだと浮かれている彼をさらに喜ばせるものは一体なんだろう。考えながらも私は当日、伝えるであろう言葉で頭が一杯なのだ。ああ、はやく言ってしまいたい。あなたが好きだということを。そして、あなたの背中を見ていたことも。告げたら彼は涙混じりの瞳を細めて私を抱き締めてくれるだろうか。

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