《パンダ:私、メリーさん。今アナタの後ろにいるの》
《eleven:……すまん。何言ってるのかわからない》
《パンダ:とりあえずそこから動かないで下さい!今、会いにゆきます》
《──パンダさんが退室しました》
「…………何なんだ」
ぽそり、と呟いた台詞は俺以外誰もいないパソコンルームの床に落ちる。
大雨により夕飯まで自由行動になったので、ペンション管理人の主人が趣味でパソコンルームとして開放したらしい部屋に来て、ネットに繋がせてもらっていた。
雷はどこかにいったようだし、氷帝生の騒ぎも収まっていたし。
テニスサイトを眺めながら、いつものチャットにも繋いでいた。そしたらさっきのやり取りである。
パンダはもう少し会話が通じる相手だと思っていたんだが……。
「……っ、elevenさんっ!」
「……っ……は?」
ガラリ、と開いた扉。同時に咳込みながら女の子の声が響いた。
そして間違いなく俺のハンドルネームを口にされた気がする。
「い、いいelevenさん、なんですね?!」
ひどくどもりながら近付いてきたのは、雷にパニックを起こしていたあの氷帝生。そう、あの奇跡の少女だ。千石さんが軟派したらしいあの、夢野……。
「あ、あぁあ、わ、私はわた──」
「落ち着いてくれ、頼む」
「──はひっ!……深呼吸だ私!すーはーすーはー、よし……パンダですっ」
びしぃっと効果音を鳴らしながら敬礼した夢野は、大声でそう言った。
……は?
パンダ?
よくわからない。彼女は何を言っているんだろうか。
パソコンの画面に残るチャットのやりとりを一度見てから、再び彼女を見た。サングラス越しでも満面の笑みを浮かべているのはわかる。
「…………パンダなのか……?」
「は、はい!elevenさんっ」
またニコリ、と花のような笑顔を向けてくれる。
「……っ」
どうしよう。
正直、千石さんがしつこく夢野の話をするから適当に聞き流しつつ、ウザイなと思ってた。だから、関係ない部外者のくせに合宿にいる夢野自体もウザイと思ってた。
練習試合中も、ちょっとうるさかったし。迷惑だなって。
敢えて視界に入れないようにしていたのもある。
だから今まで気づかなかった。
「……パンダ、可愛いな」
「え!」
うっかり口から漏れてしまった俺の本音。
二人して固まってしまう。……やっちまったと思った。
俺よりも小さくてほわほわした雰囲気が可愛らしくてつい口から滑った。というか、何度も愚痴を話したりしたパンダだと思えば余計だ。
「……た、確かに、パンダは可愛いと思う。癒し系の動物だよね。好きすぎてハンドルネームにしちゃいました」
「…………そうか」
どうやら本物のパンダを誉めたと勝手に解釈したらしい。これはこれでちょっと腑に落ちない。
「……elevenさ──」
「あー、山吹二年、室町十次。室町でいい」
「──室町くん!えへへ、室町くん!……わぁなんか不思議な感じ」
……ちょっと、この子一々可愛いな。
「……やっぱ、十次でもいいかも」
「え、十次くん?いいの?」
「いい」
「ありがとう、十次くん!私は夢野詩織だよ。改めて宜しくね!」
「あぁ、詩織だな」
少しにやけた顔を隠すように口元を手で覆えば、詩織は不思議そうな顔で俺を見上げていた。
このベストな身長差ありえない。
上目遣いが可愛すぎる。
「……あ。もう夕飯の時間みたい」
「……そうみたいだな」
「一緒に行こう。あ、後で善哉さん教えてあげるね」
「…………財前光だったら何となく予想してた。ネットで情報調べてたら、アイツが善哉好きなのが出てきたから。アイツのファンらしい子のホムペがあったんだ」
「え」
とりあえず、詩織には財前と千石さんにはあまり近付かない方がいいんじゃないかと伝えておこう。
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