「……あぁ、そうだな。曲名まで当てるとは、さすが手塚じゃねぇの」
ロビーに入ってすぐに聞こえてきたヴァイオリンの音色に呟けば、跡部が肩をすくめる。
「……録音されたものではないようだが?」
「あぁ、生演奏だ。うちの監督の姪もここに泊まることになっていてな。まぁ……気にするな」
そう言ってから、竜崎先生や他校の先生らが固まっているところへ歩いていった。
俺も跡部の後について行くが、上から聞こえてくる音楽に足が止まりそうになる。
癖のない真っ直ぐな弾き手だ。
既に終曲であるシャコンヌを奏で始めている。
驚くほどの演奏レベルだった。
バッハの作曲した無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータの中でもシャコンヌは特に有名な曲だ。
だから、俺はこの曲を何度か違う演奏家たちで聴いてはいるが……
こんなにも心を奪われたのは初めてだった。
「…………榊監督の姪、か」
うっかり、ぽつりと漏らした台詞は誰の耳にも入らなかったようだったが、漏らしてしまったということがむず痒くなり慌てて雑念を払う。
ここにはテニスをやりに来たのだ。
油断せずに行こう、そう自分自身に言い聞かせた。
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