『だからすまない。到着が夜になりそうだ』
携帯電話から聞こえてくる榊おじさんの台詞に頭が痛くなった。
ペンションは思ったよりも広くて、管理人の老夫婦の方はとても気さくで優しそうな方たちで文句はない。
確かに休日を過ごすには贅沢な場所かもしれないとは思う。
でも、誘ってくれた当事者が夜までこないとかどういうことだね。
『悪いとは思っている。まぁ、何か困ったことがあったら、跡部にでも言ってくれ』
プチンっと虚しく切れた電話。耳に当てていた携帯電話を私は思いっきりベッドへと投げ捨てる。
「跡部様に一番言い辛いんですけどっ」
私の中で跡部様に対する気まずさがバスでの白昼夢によって加算されていっていた。
否、跡部様案外とても心広い方なのかもしれない。だって前回のあれを気にしてなかったみたいだし。
寛容というより、ポジティブに物事を捉えるタイプだったりしたら、本当にただのナルシストさんになってしまうから、出来れば寛容で出来た中学生でいて欲しいと思う。
部屋にはトイレもお風呂も完備されていて、部屋から出なくても大丈夫そうだ。
今のところ何も問題はなさそうなので、部屋から出なければ忍足先輩に絡まれることはないだろう。
「……それに」
窓の前に立ち、三階からペンションの入口を見下ろした。
バスが三台、駐車場に止まっている。
私が乗ってきた氷帝のバスはもうそこにはない。帰りにまた迎えに来るらしい。
だから、その三台は他の学校のものだ。
跡部様たちがぞろぞろとバスから降りてきた他校の生徒たちを出迎えている。
あ、珍しい。
ジロー先輩がハイテンションだ。ヴァイオリンを弾いた後に見る様子よりも遥かにテンションが高い。
ジロー先輩を目で追っていたら、見慣れたジャージ姿の軍団。
「……立海だ」
ジロー先輩がまとわりついている赤髪の先輩は見たことがある。名前はわからないけれど。
「……あの人は、仁王、さんだったかな。あ、切原くんもいる」
銀髪の先輩は仁王さん。屋上で何度か見かけて、一度声をかけられたことがある。でも雰囲気が苦手で逃げた。
後で流夏ちゃんに名前を教えてもらったんだ。
切原くんは相変わらず特徴的な髪が目立っていた。
うん、褐色の肌でスキンヘッドの人も、帽子を被っている老け顔の人も、仁王さんの横にいる眼鏡の人も、ノートを手に持っている人も見たことがある。
流夏ちゃんも今ぐらいから部活かなぁと意識を飛ばしていたら、視界にキヨ子さ──じゃない、千石さんを見つけて驚いた。
その次に桃ちゃんと薫ちゃんを発見する。この二人の居る青春学園が参加するのは、薫ちゃんとのメールで知っていたけど、まさか千石さんの学校もだとは……
「…………もしかして、elevenさんの学校って千石さんのところ……?」
消去法でそう思った。
善哉さんが参加するって言っていたから、今来ていない学校が善哉さんのところのはずだ。
だってバスのナンバープレートに今のところ関西方面はない。
どの人がelevenさんかな?と、少しドキドキしながら、下の軍団を見つめていたら、不意に桃ちゃんたちと同じジャージ姿の子と目があった。
白い帽子を深くかぶっている小さな男の子。
絡まってしまった視線を何故か逸らすことができない。
「…………っ」
「おーい、おチビ〜っ、どこ見てんだよぉ!」
その子に外ハネのお兄さんが話しかけてきて、視線が私から外れた。
チャンスだ。
私は慌てて窓際から逃げる。
「……あ」
「何々?あそこがどうかしたにゃ〜?」
「…………別に、なんでもないっス」
……否、隠れることは別にないんだけど。
何故か隠れたくなったんだ。あまりにもあの子の瞳が綺麗すぎて
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