「あー……別に気まぐれやし」
永四郎に睨まれて、抱き上げていた夢野を下ろした凛が照れ隠しのように頭をガリガリとかいてから、下ろした夢野をわんの方へパスする。
「……あ。知念さんだぁ」
わんの目の前で正座すると、乾のドリンクのせいで雰囲気の変わった夢野はわんを見つめながらぱちぱちと何回か瞬きを繰り返した。
「だ、大丈夫……なんさー?」
裕次郎が心配そうにテーブル向こうからわんと夢野を交互に見ている。
まぁ……大丈夫じゃないだろうか。
わんのこと、怖がってる素振りがあったし。
「知念さん、知念さんっ、えいっ!」
真っ赤な顔でえへへと笑いながら夢野がわんの前に立って、なでなでと頭を撫でてきた。
「……なんさー?」
「前にですねっ、撫でられたのでっ!意味わかんなかったからお返ししましたっ」
ふふふと楽しそうにそう言った夢野は、足元が若干フラフラしている。
通路に立っている日吉が不機嫌な顔でわんらのことを見つめていて、隣にやってきた財前と何か話し合ってた。
「ふむ……一体これはどういう事なんだろうか。普段とは様子が違うのは見てわかるが……どうも、言動の統一性がないな……」
「貞治。夢野は目の前にいる人物に片っ端から甘えているような状況に見えるが……」
首を傾げている乾の横には柳がやって来る。
焼肉食べ放題よりも夢野のことが気になるとは、皆なかなか重症だと思った。
「わっ」
「おっと……」
それからフラフラしていた夢野の体がわんにもたれかかってきた。
そっと抱きとめて、わんの前に座り込んだ夢野の頭を撫でてやる。
「寛。ちょっとそいつこっち向けろ」
「ん?あー……」
目を細めてわんを見ていた瞳に吸い込まれそうな気がしたが、凛の声にくるりと夢野を回転させた。
「……平古場さんだ」
暫く凛を見ていた夢野はぎゅうっと凛に抱き着く。
ざわりと周囲が煩くなった。
慧くんは相変わらずトングで焼肉を口の中に放り込んでるし、わんが視線を向けたらいつもの様に不知火は目線を外すし、裕次郎は挙動不審極まりなかった。新垣も裕次郎と一緒で手をバタバタとさせているし。
いつも通りの永四郎の視線が夢野を見て、それから周囲の人間の様子を観察していて。
……そんなわんらとは対照的に、他校はほとんどがこっちをガン見している。
「平古場さんは……人をふらーふらー言い過ぎですっ!あと、超意味がわかんなかったんですけどっ、これっ」
「んー?」
確かに普段よりも甘えた声で凛に続けた夢野は、あの青学との試合後に凛がしたように、凛の額にチュッとキスを落とした。
伸ばした脚を戻して、凛に「大体、大体ですよっ、皆さんは女の子にちゅーとかし過ぎだと思うんですよ、イケメンだということを自覚してっ」などいつもの独り言のように文句を口に出す。
ただいつも通りの彼女と違うのは、その表情と言動と行動。
「で、どうですか?やられた方の気持ちがわかりましたか?!」
「はっ、わーったわーった……やーがわんを誘惑してんのは」
そう続けた凛は不敵に口角を上げて笑う。
微かに紅潮したかのような頬に、瞳は熱を持ってるような気がした。
ぐっと夢野の腕を掴んだ凛の上半身が傾いて──
「……新垣、縮地法……今のは早かったさー」
「ち、知念さんに、褒められたのは初めて、ですね。……うっさいびーん」
「だ、ダビデもよく止めたな……っ!」
「……低姿勢で停止せぇ!……ぷっ」
「おいダビデっ」
ガツンっと頭を黒羽に殴られた天根を横目で見ながら、凛と夢野の間にメニュー表を左右から邪魔するように入れた二人に口角を上げる。
「ぃやーら……」
二人を睨んだ凛だったが、そのジャージがグイッと引っ張られた。
「好き勝手しとるところ悪いけど……」
「これ以上はさせんぜよ」
日吉と財前を押しのけて、氷帝の忍足と立海の仁王が凛のジャージを掴んでいる。
「……ふむ。面白い。だが、このままでは全員席を立とうとしているし、収拾がつかなくなるな」
「そ、そうだな。このままでは奉行……いや大石が大変なことになってしまうし……皆、精神的ダメージの損傷が激しそうだ……」
「暫し、この柳蓮二に時間をくれないか。今の夢野の状態を調べてみよう」
それから乾とノートを広げて話していた柳がそんなことを言って。
「……いいよ。蓮二。できれば夢野さんを元に戻してあげてくれるかい?」
ふうっと溜息を吐き出した幸村の声に静かに柳は頷いたのだった。
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