アルコールゼロパーセント
「さて……」

比嘉の隣の空いていた席まで移動して、大人しく俺に手を引かれていた夢野を見る。
心配そうにこちらを伺いつつ食事を進めている他の者たちを一度見てから、また視線を彼女に戻した。

──が、ぎゅっと腰に腕を回して抱きついている夢野の頭のてっぺんしか見えない。

「ふむ……小さい子供のようだな」

「小さくはないですもん」

ぐりぐりぐりと頭を左右に振ってそう言った彼女にふっと口角が上がった。
後ろでノートにペンを走らせている貞治の手が止まる。

「やはり……これは甘えていることになるのか」
「そうだな──」
「んふっ、間違いなく目の前の人物に抱き着くようになってしまっていますね。ただ、知念くんや平古場くんに対してのように、やられた事をやり返すということもしているように見えますが」
「──お前もそう思うか、観月」

貞治に頷いた瞬間、いつの間にやら観月がそこにいた。くせっ毛の髪の毛を指でくるくると弄りながら、口角を上げている。

「っていうか!柳先輩っ、本当にほんっとうにっ!!それ、状態を調べてるんっすよね?!」

抱きついてきている夢野の頭を撫でていたら、オロオロしていた赤也がついに俺にそう言い放った。
……ふむ、まぁそろそろそういうツッコミがお前から出るとは思っていたがな。

じっと俺の様子を窺っている精市や仁王の視線にも溜息をつく。

「あぁ。アルコールは入っていない状態でこの態度……何が原因かまではわかっていないが、夢野は貞治のドリンク効果が切れるまでこの状態だろうな。まぁあと十分から二十分ほどといった所か。……言っておくが、仁王と氷帝の忍足は近付いてはならない。あとそうだな、柳生。そして精市もだ」

「ほう。なんでかのう」
「俺には何言われてるのかさっぱりやけど?」
「わ、私もですか……」
「……どうしてこの四人なのかは気になるところだね」

俺に名前を呼ばれた四人がそれぞれ表情を変えた。精市は理由に思い当たりながら、分からない振りをしている。

「いや本当はその四人以外にも、千石や日吉、財前、伊武、芥川、白石、越前は却下だが」
「え!酷くない?!俺まだ何も手を出してないよー?!」
「……はぁ、なんで俺もなんですか」
「つか、もしなにかネタ仕入れしとるんなら、この人怖すぎやろ……」
「……っていうか俺の名前も出すとか……なんか変な感じがするよなぁ。いやそれよりも名前抜けてる室町が可哀想だな……」
「Aー?なんで俺もだCー?!」
「え、俺も一応柳くんの警戒リストに入ってるんか……」
「……ふぅん、俺もいれるなんて余裕無さすぎ。まだまだだね」

伊武の台詞によって落ち込んでいる室町を一度見てから、そこまで名前を出しては不二裕太、海堂、桃城、赤也、丸井、甲斐なども入ってくるからな……と口を噤む。

「……実はもう一人、噂を耳にした者がいて……本来なら避けた方がいいのかもしれないが、もう一つ葵への反応から確証を得たい。……四天宝寺の忍足、こっちへ来てくれないか」

「へ?!お、俺のこと呼んだん?」

「え、なんで謙也さんなんすか……」

「いややわぁ、謙也くん、ご指名やで☆」

俺の台詞にひどく慌てて四天宝寺の忍足が席から立ち上がり近付いてきた。財前の嫌そうな顔と金色が楽しげに笑う表情の差がまったく正反対で面白い。

「な、なんで俺にご指名がかかるんや……」

「確証を得たいと言っただろう」

夢野の温もりを自ら手放し、他の男へとそれを明け渡すのはなかなか苦痛ではあるなと苦笑しながら、彼女の視線に四天宝寺の忍足を映させた。

「……謙也さん」

ポツリと漏らした夢野の吐息が熱くなる。

「夢野さん……自分ほんまに大丈夫か?」
「大丈夫じゃないですっ謙也さんはとてもカッコイイから、私の心臓は持たないです謙也さんのバカぁ」
「え、ちょ……」

そのままぎゅうっと忍足謙也に抱き着いた夢野に思わず眉間に皺がよった。
無論、これを差し向けたのは俺自身だが。
これほどまでに不愉快だとは予想外だ。

それは俺だけじゃなかったのだろう。
グイッと二人を引き離したのは、財前と──それからいつの間にここまで移動してきていたのか。
真っ直ぐに俺を見て精市が息を吐き出す。

「……確証を得たいなら、やっぱり俺が付き合うよ」

有無を言わさぬその迫力に、忍足謙也の肩を押した財前すら言葉を失っていた。
他にも数人、箸を止めてその様子を窺っている。

「ね、夢野さん」
「幸村さん……」
「うん」

精市を瞳に宿した夢野は途端に泣きそうな顔になって、穏やかな表情を浮かべている精市に抱き着く。
精市はそっと幸せそうに息を吐き出した。

ざわりと、心がまたざわめく。
忍足謙也の時と同じように、奥底で揺らめく炎が燃え上がるようだ。

「……幸村さん、うわぁん、ごめんなさい」
「え?」
「幸村さんの力になりたいのになれないんです、私は幸村さんが求めているものじゃないと思うんですっ、でも幸村さんの為に応援したいです、でも私じゃ力になれないと思うんです、だって私はヴァイオリン馬鹿でそれしかなくてっ」
「……夢野さん」

大きな声で言葉を吐き出す夢野に精市が彼女の頭を撫でる。
一瞬立ち上がってこちらに来ようとした弦一郎をそっと首を振って制止した。

「……君はそのままでいいんだ。俺は……君が夢を追い掛けている姿が好きだから」
「……幸村さん」

惚けたような表情で夢野が精市を見上げる。
精市の瞳が愛しげに彼女を映し、そっと目を細めた。
次の瞬間、頭で考えるよりも早くにそれを予想する。
乾と観月もピクリと反応するが、幸村精市という人間を止められる者がいるだろうか。

いや──

「幸村」
「やはり彼女は乾汁の効果が切れるまで一人にした方がいいだろう」
「いや、どうせコイツら全員構おうとするだろ。夢野は俺様が預かっておく」

弦一郎が精市の名前を呼び、手塚が幸村の肩に手を置いた。
それから跡部がするりと慣れた手つきで夢野をおとぎ話の王子のように抱き抱える。
さも当たり前だと言わんばかりの態度には多少イラッとしたが、だが不思議と気持ちが落ち着いた。

他の者たちもどことなく、まだ跡部の方がマシだろうという空気になる。

だがそれは跡部の腕の中にいる夢野が次の台詞を声に出すまでの短い空気だった。

「跡部様、跡部様っ」
「アーン?」
「えへへ、大好きですっ!」
「「は?」」

嬉しそうに笑った夢野に、その場にいたほぼ全員の表情が固まったに違いない。


──今の夢野が普段その相手に対して心の底で考えて悩んでいたことを口に出しているのは十分確証を得ていた。
だから、それはこの日一番の不愉快以外の何者でもなかった。

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