熱を吐き出せばええねん
──夢野のアホがトイレに閉じこもった。

「詩織ちゃーん、アタシやで!金色小春やでぇー!入れて〜☆」
「お前、小春の手を煩わせるなや!」

女子トイレ前で必死に声を掛ける小春の後ろから怒鳴ったら、すっとほんの少しだけ女子トイレの扉が開く。

短い廊下を挟んで他の奴らがソワソワとこちらを見とるが、とりあえず「ステイ!」とだけ小春に言われて皆食事の席へと戻った。

「こ、小春お姉様……っ」
「ん、入れてくれる?」
「は、はいっ、もう私には小春お姉様しかいないです……っ」

それから扉の中に消える前に、小春がグっと俺の腕を掴む。

「は?」
「ユウくんも来んねんっ!!」

バタンっと扉が閉まって、急ぎで小春が鍵を閉めた。
なんで俺が女子トイレなんぞに入らなあかんのや。
顔を上げたら夢野も驚いたように俺を見てる。
それから目が合ってはじめて、夢野の目がえらい赤くなってることに気づいた。

「ごめんなぁ!でもユウくんやったらええやろ?」
「あ……は、はい。一氏さんなら……」

小春がニコニコと満面の笑みで優しく夢野の頭を撫でる。

「……それでどぉーう?落ち着いたかしらん?」

「お、落ち着いたというか……一人でいればなんとか……でも顔見たらダメな気がします……ぅ」

両手で顔を覆って洗面台にもたれ掛かった姿に溜息を吐いた。

「光くんもなぁ、悪気があった訳やないと思うねんけど……あんな動画見せんといてあげて欲しかったわぁ」

「せやけど、何も知らんままで後で聞かされたりしたら辛ないか?」

「……ですよね。だから、何をしたのかはっきりわかって良かったとは私も思うんですけど……けどぉ!!めっちゃ恥ずかしくて死にそうです……」

俺の返答に頷きながら、かぁーっとまた顔面赤くなっとる夢野は、本当に人体発火でもしそうに見える。

「しゃ、しゃーないやん!乾くんのせいやし!」

小春が鼻息荒くそう言って、夢野もドリンクもう絶対飲まないです……と答えていた。

「じゃあウチ、今から氷水と濡れタオル用意してくるわ。目腫れてもうてるし……冷やすやんね?」

「あ……本当だ。すみません、冷やしたいです……」

「おっけー♪アタシに任せとき☆」

「小春、それやったら俺が──」
「ユウくんは、詩織ちゃんの側におったって!……最終兵器やろ」
「──おまっ……!」

ぽそりと最後に耳元で囁かれた台詞にぶわっと頭に血が上るのがわかる。

「あ、そやそや☆詩織ちゃん、突然やけど、ユウくんのことは下の名前で呼んだってな?一氏ってなんや呼びにくない?」

「あー……確かにいつも噛みそうです」
「それはお前の滑舌の問題じゃボケ」
「ユウジさん」
「……急に辞めろや」
「ぷっ。ふふ、ユウジさん」

小春に言われたからか、俺の反応が面白かったんか、普通に素直にユウジさんと呼び始めた夢野のアホを睨んだ。
それすらも可笑しそうに笑う姿はいつもの夢野に見える。

「じゃあ、いってくるわねん☆跡部きゅんらにも報告しとくわぁ☆あ、鍵閉めといてな」

そう言って出ていった小春の言う通りに、鍵を閉めてから俺はハッと固まった。

これ……もしかしなくても、小春の小悪魔的罠やないやろうか。
いや、絶対そうや。
鍵のかかった女子トイレの中で二人っきりって!
ちょ、待って。
俺、何も心の準備すらしとらんのやけど。

「……あの、ユウジさん」
「なんじゃボケっ!」
「ええ?!すごい不機嫌?!」

勢いよく振り返ったら、顔を洗ったのか顔面濡らした夢野がいて、どうやらハンカチか何か持ってませんか?ということらしい。
慌てて閉じこもったせいで、コイツは何も持ち合わせてないようやった。

「ちっ、しゃーない。百万円で貸したるわ」
「出世払いでもいいですか?」

ハンカチを渡したら、何がおかしかったんかクスクス笑いながら顔を拭いている。

「あ、このハンカチ、洗ってちゃんと返しますか──」

グイッと夢野を抱き締めてから、洗面台の台の上に座らせた。
なんでそないなことをしたんかなんて、その時はもう頭の中は真っ白で。

「──ユウジさん……?」

たぶん、コイツの頭の中で俺は小春とセットなんやろう。だから、男として見とるつもりは無かったんやろう。
やけど、その時始めて俺を男として認識したような顔をしとった。
声が少しだけ震えていてその瞳はゆらゆら揺れている。

洗面台に座らせたためか、絡み合う視線は真っ直ぐ平行になってた。
これが白石や謙也やったら、きっと見下ろす角度なんやろうけど。

「あーなんやろ……想像したら腹たってきたわ……」

「ゆ、ユウジさん、ど、どうしたんですか!」

緊張気味に落ち着きなく目線を動かしている夢野に溜息を吐く。

たぶん、今唇を重ねんのは簡単で。
無理矢理やったら、深いキスでもなんでも出来るやろうけど。

「うらぁ!!」
「痛ぁあっ?!」

ゴスッと鈍い音を出して思いっきり頭突きしたった。

頭の中で妄想した図を痛みでかき消す。
思いの外激痛やったけど、まぁええわ。

「お前ホント阿呆やな」
「くっ……物理的に痛い思いさせて、心も痛くしますか!」

──せやかて、しゃーないんや。

男に好意向けられて、ぐるぐると目ん玉回して混乱しとるアホにこれ以上負荷かけるような鬼畜やないねんど、俺は。

好きな子が泣いてんのに、余計泣かせるようなアホに誰がなるかい。

「……でも何か……恥ずかしさ引っ込んだかもしれません……衝撃的な激痛のおかげで」

自分自身の額を擦りながら、夢野がいつもみたいにへらっと間抜けな笑顔を浮かべた。
気の抜けるようなそれは俺が一番こいつの表情の中で好きなやつや。

「……出世払いやからな」

「……はいっ」

まずはコンクールで優勝から始めますねっと笑った夢野に息を吐き出してから「言うたな?優勝せんかったら、お笑いライブ単独でさせてるからな」と冗談を言った。



……俺の言う出世払い、は。

近い将来、コイツを死ぬほど俺のこと好きにさせて。

そん時に、今日の我慢した分もこれから我慢する分も全部後払いで返してもらうっちゅーことやからな!

どうせ何もわかってないやろうけど。
こっちはそういうつもりやからな、ど阿呆が!

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