乾汁の悲劇……ではありませんっ!
「なーなー、コシマエー!これめっちゃうまいでー!!」
「わっ……わかったから、いきなり口につっこむなよ……つーか、アンタ、席向こうなのにわざわざ俺にこれを食べさせるために来たわけ……」
「せやかてー、折角一緒に食ってんねんから、ちょっとぐらいええやんー!」

同じ一年生の遠山くんと越前くんが仲良さげに会話しているのを見て、ちょっと同じ一年生としては羨ましくなる。
というか、もう一人の一年生である壇くんは亜久津さんの世話で忙しそうだ。

そして青学席では、焼肉奉行と化した大石さんがとても面白いことになっていた。
僕達六角と比嘉は離れているので被害を受けていないが、青学と氷帝、山吹の皆はお奉行様ペースに巻き込まれている。
唯一、四天宝寺だけは、白石さんの無駄のない肉の焼き方がお奉行様の目にかなったのか、褒められていた。

そんな濃いメンバーの食事風景を眺めながら、僕はため息を吐き出す。流石にこの面子だと僕は埋もれてしまうなぁと思ったからだ。

「うーん、なんかこう……面白い話のネタがあれば……」

皆から注目されるのではと頭を捻っていたら、ぬっと長い影が僕の前を覆う。

「……そんな君にとっておきのドリンクを用意した」
「い、乾さん……っ」

ふふふと怪しく笑いながら、乾さんが僕のテーブル前に置いた色鮮やかなドリンクを見つめた。
たらりと冷や汗が流れる。
隣のサエさんや首藤さんがビクッと後退して。
いっちゃんはしゅぽーっと鼻息を荒げて目を見開くし、亮さんとバネさん、ダビデはわざとらしく目線を外していた。

これは……絶対に飲んじゃダメなやつな気がする。

「……あ、あの、僕、遠慮致します」

「何故だ?このドリンクは栄養がとても豊富で、はっきりいって身体にいいんだぞ?」

「いや……飲んだらそのまま帰って来れなさそうなんですけど」

「むぅ。比嘉の田仁志は飲んでくれたのにな……」

その台詞に隣の比嘉を見たら、田仁志さんが乾さんから受け取ったらしい様々なドリンクを飲み干していた。

「……不二さんと田仁志さん見てたら、普通に飲めるのかなって思えてきたんですけど……」
「夢野さん?!」

残念そうな顔をしている乾さんの背中からひょこっと夢野さんが顔を出す。
僕が声を上げたら、薄情な亮さんたちがバッと顔を上げた。

夢野さんの後ろにはハァ……と深い溜息を吐き出している日吉さんがいる。

「これは……うん、いけるよ」

それからにこやかに僕の前に置かれていたドリンクを取って、喉を鳴らしながら飲み干したのは不二さんだ。

「……夢野。君にとっておきのドリンクをあげようか。女の子ウケがいいだろうと思って作ってみたんだ」

ふふっとまた乾さんが取り出したのは、ショッキングピンクの鮮やかなカクテル風のグラスに入っているドリンクだった。

「……女の子ウケとか……明らかにコイツに飲ますつもりだったでしょう」

「さぁ、どうかな」

日吉さんの鋭いツッコミに乾さんははぐらかす様に眼鏡を上げる。

「……色は可愛いですし……なんか、星みたいなの浮いてる……あれ普通に可愛い。飲める気がする」

「む、無理しなくていいんですよ?!」
「そ、そうだよ!夢野さん、何故か俺達はさっきから震えが止まらないし……っ」
「嫌な予感がするのねー!」

僕とサエさんといっちゃんが声を上げた。

「まぁ一口くらいなら……」

そう言って夢野さんが乾さんから受け取ったピンク色のドリンクを恐る恐るペロッと舐める。

「……あれ?なんか普通……かも?」

ゴクッと今度は一口飲み込んで。
その後、ごくごくとグラス一杯分を飲み干した。

「……だ、大丈夫ですか?」

僕が尋ねると、夢野さんは笑顔で「うん、大丈夫だったよー」と言ってから、座っている僕の方へとガクンっと両膝ついて倒れてしまう。

「ひっ?!夢野さん、夢野さんっ?!」
「大丈夫か?!夢野っ」
「夢野さん?!」

彼女の体を支えて声をかけた。
日吉さんと不二さん、サエさんたち皆も名前を呼ぶ。
その為、異変に気づいたのか、他校の人達もこっちに注目していた。
いや、元々夢野さんをチラチラ気にしている人はいたから、僕らが大声で騒がなくても気づかれていたとは思うけども。

ゆさゆさと揺らしたら、前に倒れ込むようにして夢野さんが僕の身体に引っ付く。耳元で彼女の吐息が呼吸音とともに当たった。

「……あ、葵くん……」
「は、はい、葵剣太郎ですが!」
「葵くんのバカっ」
「へ?!」

突然バカと罵られて、ぎゅむっと夢野さんの両手が僕の両頬を挟むように左右から押してくる。
目をぱちぱちさせていたら、顔を上げた夢野さんの顔が真っ赤で瞳はトロンとしたような……すごく色っぽい表情で大変驚いた。

「え……ちょ、乾、アルコールとか入ってたんじゃ……!」
「い、いや、アルコールなんてものを入れるわけがないだろう!全く失礼だな。夢野に飲ませたものに酔っ払うような成分は入っていない」

亮さんのツッコミに乾さんが唇を尖らせるが、夢野さんの状況に興味津々といった様子でノートを広げている。

い、いや、それよりも……
ぼ、僕は一体どうしたらいいんですか?!

「あ、あの夢野さん……!」

後ろにいる日吉さんの顔が物凄い怖いことに(僕に対して)なっているので、早くこの状況をどうにかしなくちゃ!と僕は夢野さんの両肩を掴んだ。

「はいなんですか葵くん!」

一息でそう言う夢野さんはやっぱり普段と違うし、おかしい。

「あ、あの、ちょっと近いので一旦離れてくださいっ」

僕自身は嬉しいけど、周囲の目が怖すぎるので一度落ち着くために距離を取りたいと思って提案する。

だというのに、目の前の夢野さんはショックそうに眉尻を下げて泣きそうな顔で。

「……葵くんは、私のことが嫌いになっちゃったんですか?弄んだんですか?!」

「ええええ、嫌いになってません!好きですよっ、弄んだつもりもないですしっ、今現在弄ばれているのは僕の方だと思うんですが!」

「じゃあハグしましょう!ハグっ」

「ええええっ?!」

ぎゅうっと勢いよく抱きつかれて、僕の頭の中は軽くパニックになる。
というか、年下である僕に対して夢野さんは敬語で喋ってなかったと思うので、やっぱりこの夢野さんはおかしい。

でも、しかしっ!!
僕の全身に体重を預けて甘えるように抱きついている夢野さんを退けることは出来ないし、もはやもうこのままでもいいんじゃないかなとか、欲望に忠実な僕が頭の中で囁いていた。

「剣太郎、ちょっとそこ変わろうか」
「嫌だ!サエさん、僕の幸せ取り上げないで!」
「……夢野。お前……いい加減に葵から離れろ」
「うー、じゃあ若くん、抱っこ!」
「なっ」

人の幸せを横取りしようとするサエさんに首をブンブン振っていたら、日吉さんの台詞に夢野さんが僕から離れて振り返ったと同時にバッと両手を広げた。
瞠目して顔を赤らめた日吉さんが印象的だったけれど。

それよりも、視界の端でガシャンっと飲んでたグラスを床に落とした財前さんとか幸村さんとか、ダバーッと飲んでた飲料水を口から滝のように吹き出した(?)忍足謙也さんとか神尾さんとか、隣の方から「うんなふらーなくとぅ?!」と何言ってるのかわかんないけど慌てふためいたような大声を上げた(たぶん)甲斐さんとかが怖い。

「ふふ、乾。これ……責任取れるのかな?」
「…………ごほんっ。お、おかしいな。こんなハズではなかったんだが……」

不二さんが目を見開いて乾さんに凄んで、乾さんは明後日の方向を向いて口笛を吹いていた。

それからその一瞬の間に、夢野さんが固まってしまっていた日吉さんの前に入ってきた比嘉の平古場さんにぎゅっと抱き締められる。
それから平古場さんは驚いている僕らを横目に「ふらー、捕まえてきたさぁ」と彼女を担ぐように抱き上げてから、隣の比嘉席に運んでしまった。

「……は?っ」

ばっと日吉さんが比嘉席に慌てて足を向け、何人かもそのまま夢野さんを追う。

ただ僕はそのまま動けず、彼女の甘い残り香にそっと息を吐き出すのだった。

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