顔見られへん
「…………はぁ」

深い溜息がどすんっと落ちる。
小石川副部長がそんな俺の肩を叩いた。
いつも俺を慰めて後悔するくせに、毎回優しく接してくれる副部長はほんまお人好し過ぎるわ。

「財前はん」

それから師範も心配そうに俺を見る。
俺は師範の骨折した腕の方が気になるから、そんな顔で俺を見んといて欲しかった。

「……大丈夫やないけど、まぁ……いけますわ。副部長も師範も……ほんま、おおきに……」

「?!きょ、今日はエラい素直やな?!」

目を見開いた副部長の腹目掛けて拳を突き出す。ぐふっと項垂れた副部長を横目で見ながら、そっと反転して歩を進めた。

前の方で三船と日吉と並んで歩いている詩織の姿があって、その背中をじっと見つめる。

「……あんな試合しといて……話し掛けられるか、阿呆……っ」

ボソリと思わず出てしまった台詞にハッとして口を押さえた。
誰にも聞かれていないと思ったが、千歳先輩が申し訳なさそうに一瞬振り返って俺を見たから、イラッとする。
……実力の差や言われたら、それで終わりかもしれへん。やから、そんな顔をせんといて欲しい。そんな顔をされたら、余計に虚しくなる。

謙也さんと直前で変わった千歳先輩とダブルスで試合に出たが、俺は全くもってボールに触られへんかったし、存在自体が必要のないもんみたいになってた。
あれは屈辱以外のなんでもあらへん。

「……あ、詩織……アンタを地獄に突き落としてしまう台詞を吐いてもいい?」
「そんな台詞は聞きたくないので、ちょっと飲み込んで胃の中で分解してもらっていいかな?!流夏ちゃんっ」

不意に前でそんなやり取りの声が聞こえた。

「……まぁ分解できなかったから吐き出すけど。ごめん、父さんに呼ばれた……どうも入道おじさんがまた何かやらかしたらしい……」
「え、え?それは大変だ……だけど、待って、え?!」
「待てないよね。言いたいことはわかってる。明日ジュース奢るから許して。あと、はい。これ、催涙スプレーと防犯ベル」
「催涙スプレーと防犯ベルありがとうだけども?!そしてお詫びの品が言動とは裏腹に価格が低い!!ちょ、るるるる流夏ちゃん、流夏様待って!もうタマちゃんいない!!流夏様いなくなると、人体発火する恐れがあります!」
「大丈夫。詩織はどれだけ辱めても今まで燃焼したことはないから!じゃ!」
「ちょ、ま、流夏ちゃんっ!酷い!私の事散々弄んで簡単に捨てたぁぁあ」

意地の悪そうな笑顔で走り去っていった三船の背中に叫びながら詩織が項垂れる。
小さく丸くなり過ぎて、もはや背負っているパンダリュックだけしか見えへんようになってた。

焼肉屋まで、この大人数でまさか歩いていく訳やないやろうと思っていたら、前方──公園の入口に黒いバンが何台も並んでいるので、あの規格外のことしかせぇへん跡部さんが手配してくれたもんやと思う。

また詩織に視線を向けたら、日吉は相変わらず隣やったけど、そこに鳳と室町、不二裕太が駆け寄ってて。
それに気付いた伊武と神尾もそこに合流する。

……ほんま、自分らええ加減にせぇよ。
人が試合内容と結果に落ち込んでる時に、ええ度胸やわ。

早歩きして、後ろから合流してた伊武、神尾、室町、不二裕太、鳳、それから日吉のケツを無言で蹴る。

「……は?何すんの財前……腹立つ……」
「いやまじで何なんだよ!お前っ!!」
「え、滅茶苦茶痛いし……」
「無言で蹴るなよ!」
「うん、怖いんだけど。財前……」
「……お前……ふざけんなよっ」

「え、ど、どうしたの?……光くんに八つ当たりされちゃったの?皆……」

「八つ当たりちゃうわ、アホ」

蹴った全員に睨まれたりしながら、詩織のアホの後頭部を叩いて、室町から隣を奪う。

「……こっちは絶対勝つっちゅー話やわ」

だから、ぐっと詩織の手を握って。
車の所まで驚いて慌てている詩織の手を引いて、思いっきり走った。

「いやいや完全に八つ当たり」
「だよなー」
「ぷっ、あはは、やっぱ笑える」
「森、財前が今睨んでたぞっ」

通り過ぎた時に不動峰の内村、桜井、森、石田のそんな声が聞こえた。

「んー、明日時間あったらスマホに変えて例のグループに入れてもらおー。面白過ぎる」
「ん?喜多、何それ?」
「あー、新渡米さん、俺ら二年だけの内緒ですナイショー」
「なんだよ、めっちゃ気になるー!千石や南は知らないのー?」
「いや、何も聞いてないけどー」
「俺も知らないな……」

そんな会話が山吹のメンバーのところからも聞こえてきて、後で喜多はしばこうと思う。

「光くっ、ひゃ……っ!!」
「なっ、うわ?!」

車の前まで来た時に、ちょうど足がもつれたのか詩織が前に転けそうになる。直ぐに手を引いて詩織の前で受身を取るようにして支えた。
どすんっと尻を打つ。
痛い。

「……光くん、ごめ、ありがとう」

真っ赤な顔の詩織がすぐ目の前にいて、脚の上に詩織が跨るように乗っていることに気付いた。
スカートの中の感触が直に脚に伝わって、胸の中が騒がしくなる。

「詩織……今日は──」

──今日は情けない試合して、カッコ悪くてすんません。

そう続けたかった言葉は「「うりゃあぁっ!」」と雄叫び上げながら突っ込んできた、音速とか光速とか言ってる奴らに邪魔された。

「ほんとっ、財前お前マジでふざけんな!」
「神尾くんもっと言ってええで!この生意気な後輩に!!」

「ごほん、えっと、大丈夫?夢野さん」

神尾と謙也さんに責められている間に、ひょいっと詩織の手を引いて俺から引き離したのは、金田で。
まさかの伏兵に二度見してまう。

「なーにやってんだか」
「フシュウゥ……おい、桃城。てめぇも走り出そうとしたじゃねぇか」

いつのか間にか桃城と海堂も近くに立っていた。

「……まったく」
「いい加減にして欲しいんだけど……神尾じゃあるまいし、いきなり走り出してさ……大体俺だって負ける気ないんだけど……」

日吉と伊武が俺を見下ろしながら、手を差し伸べていた。すぐ後ろには室町と不二裕太も立っていて。
くっと喉を鳴らしてから目を細めて、その二つの手を掴む。
ぐっと、二人が俺を引き上げた瞬間──

「なんだよなんだよっ!!俺も仲間に入れろよーっ!!」
「うわっ?!切原が突撃してきたっ!!」
「ちょ、まっ……!」
「切原っ、暑苦しい!室町と不二裕太も倒れんな……っ」
「ちょっと押さないでくれるかな……バランスが……あっ」


ドサドサァっと俺の上に日吉、伊武、室町、不二裕太、切原が雪崩のように重なって。

「なんだあれ……」
「二年生の団子……みたらし団子をみたらしい……ぷっ」
「ダビデぇぇっ!」
「本当に仲良いのねー」

六角の人らのそんな声の後に「激ダサだな!」「やるねー」とか氷帝の人らの笑い声も聞こえてきた。

「アホばっかやし」
「新垣、突撃しなくていいのか?」
「あ、大丈夫です、不知火先輩」

比嘉の人らの呆れたような目に、新垣は後で脇腹でも擽って笑い死にさせたろとか考える。

「ま、仲がいいのはいいことだろ」

「ふふ、そうですね!赤澤アニキっ」

赤澤さんの笑顔に能天気に頷いた詩織の声にイラッとして、道路上に倒れ込んだまま視線を向けた。

「……あ。パンツ丸見えやで詩織」

角度的に見えたそれを口に出したら詩織は真っ赤な顔して金田と赤澤さんの背中に隠れる。

それから「財前っ、お前ふざけんなやっ!!」と叫んで突撃してきた謙也さんにまで上に乗られた。

「光も謙也もー、他の皆も仲ええなー!」
「……まだまだだね」

金ちゃんと越前の台詞にまたイラッとしながら、それでも……こんなことがあってもまぁええかとちょっとだけ口角を上げる。

いつの間にか、俺も大分詩織に感化されとるなと思ったのだった。

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