そっと瞼を閉じる。
タカさんの試合が終わって、手塚が乾とダブルスで千歳と財前を破って青学の勝利が確定した。
まさか手塚と千歳のシングルス試合みたいになるとは誰も思わなかったけど。
手塚……本当に君は僕をいつも驚かせてくれる。
そんなことをぼんやりと考えながら、一球だけということで唐突に始まった越前と遠山のやり合いを今度は思い出して口角を上げた。
本当に……今日は熱い日だったな。
「不二くん、おめでとう!折角やから決勝でも青学が勝って優勝決めてもらわなな」
「……わざわざ僕に言うなんて。嫌味かい?白石」
「ちゃ、ちゃうって!」
会場の公園になっている広場で、近付いてきた白石にそう言えば彼はひどく慌てていた。
今日は彼に試合で負けたから、少し毒の含んだ冗談で返してしまったけど、その慌てぶりにほんの少し申し訳ないなと思う。
それから四天宝寺の面々がやって来て「バンダナきゅーんっ」と金色が海堂に抱きついていた。
「こ、小春ぅ、浮気かぁ!」
いつものツッコミを放つ一氏が、金色に蹴られる。
「あ」
それから遠山に絡まれてやれやれと言った顔をしていた越前が小さく口を開けた。
その視線の方向を向けば夢野さんがいる。
それから三船さんと及川さん、あと氷帝メンバー。
「青学の皆さん、おめでとうございました!か、河村さんは大丈夫でしたか?」
「あ、ありがとう。ははっ、俺はこの通り生きてるよ!」
タカさんが代表で答えるけれど、一瞬手塚が口を開けたのは見逃さなかった。
無言で二人の会話を見続けている手塚にクスっと小さく笑ってしまう。
……いつの間に、僕たちはこんなにも彼女に夢中になったんだろうね。
それから試合を見ていたらしい裕太たちルドルフ、六角、山吹、不動峰、比嘉……と続いて、僕たちと同じように決勝に勝ち進んだ立海が広場に姿を見せた。
「あ、ゆ、幸村さんたちもおめでとうございます」
「っ、あぁ、ありがとう」
夢野さんは一瞬目線を泳がせていたけど、一生懸命笑顔を貼り付けて立海メンバーに言葉を吐き出す。
通り抜けようとしていたらしい立海メンバーは、声をかけられるまで彼女の存在に気づいていなかったようだ。
幸村が慌てて夢野さんに微笑んだ。
夕闇が迫る空を背に、僕らはまた暫く無言になる。
「ねぇ、夢野さん」
「はい」
穏やかな風が吹いて、三船さんと手を繋いでいた夢野さんの髪が揺れた。
「僕たちはこれから焼肉でも食べに行こうかって話しになってるんだけど。一緒にどうかな?」
「え」
「アーン?不二。奇遇だな!俺様たちもそうするつもりだったぜ!」
「ウス」
「ええ?!」
「……聞いてへんねんけど」
「また跡部さん勝手に決めましたね……」
口をあんぐり開けている夢野さんと忍足と日吉の反応から、たぶんまた跡部の独断なんだろうけど……まさか彼がいの一番に僕の挑発に乗ってくるとは思わなかったな。
「ええ?!青学と氷帝は肉なん?!白石ーっ、ワイも肉食ーべーたーいーっっ!」
「そやなぁ……オサムちゃんにも聞いてみな分からんけど……」
「いやこれは行かなアカン流れやっちゅー話ちゃうか?!」
「んー、焼肉かぁ!そこに詩織ちゃんがいるなら、行かなきゃだよね!ね、亜久津もそう思うでしょ?」
「ア?千石てめぇ……なんで俺まで巻き込もうとしてんだよ!」
「ダダダダーンっ!!亜久津先輩っ、絶対一緒に行きましょうですっ」
「ほう。焼肉ですか……」
「木手っ木手っ!キャプテンっ!永四郎っ!わんらも行くさーっ」
「まーそうやん……!」
「……甲斐クン、一人で全員の総意みたいに呼びかけるの辞めてくれますかね。あと田仁志クン、既に涎が出てて汚いですよ」
「比嘉も行くつもりかよ……!サエ、ダビデ……!俺らも焼肉にしようぜっ」
「そうだね!俺達も行こうか」
「……ホルモン食って穴掘るもん……ぷっ」
「ダビデぇええっ」
「ちょ、バネさんっ、勢いが──」
ガツンっと黒羽の回し蹴りが天根の尻に直撃する。物凄い音だったなぁと笑ってしまった。
「あ、亮が行くなら僕も……観月」
「んふっ、わかってますよ。木更津くん。もちろん、僕は不二くんが提案した段階で行くつもりでしたがね」
「……い、いや、兄貴は観月さんに提案したわけでも、誘ったわけでもないですけども……」
「あ……何この流れ……これって俺たちも行かなきゃいけない流れなんじゃないの……でもこれで来なくていいとか言われても逆に腹立つよなぁ……」
「いやここは行くだろ?!……ですよね、橘さんっ?!」
「……そうだな。杏も女友達と食べてくると言っていたし……まぁ夕飯の材料は買っていたが……明日に回せるからいいか」
「つぅかこれ……ここにいる学校、全部一緒に来るんじゃ無いですかね……?」
「ははっ、桃の言う通りそうみたいだな……限りなく胃が痛い……」
「大石ーっ!胃を痛めてる場合じゃないってば!!しっかりしろ、大石!」
桃、大石、英二がそう続けた通り、彼らは全員行く気だろう。
ただ、彼女がまだはっきり行くとは言ってないし、彼ら──立海はどうするつもりだろうか。
「る、流夏ちゃん、タマちゃんっ」
「あ、詩織ちゃん、私〜夕食は家に帰らないといけないから〜」
「まぁ私は今日は大丈夫だけど……」
及川さんはどうやら帰宅か。
三船さんが大丈夫だって答えたから、夢野さんも来るんじゃないかなと思った。
「……えっと、じゃあ流夏ちゃんと……ご一緒させて頂いてもよろしいでしょうか」
跡部と僕を交互に見てそう言った夢野さんにクスリと微笑む。
「もちろん。とても嬉しいよ」
「ふん、この人数なら……貸切にした方が早そうだな。少し待て、電話をかける」
「跡部、すまないな……」
跡部がスマホを取り出したところで、手塚が眉間に皺を寄せて頷いていた。
「……あぁ、それで頼む。……っと、おい、立海!てめぇらも来るんだろ?アーン?」
「う、うーん……どうしようかな」
電話をしていた跡部がスマホを手で押えてから、幸村たちに声をかけた。幸村以外のメンバーはなんとなくだけど、肉を食べたそうな顔をしているし、夢野さんのこともあって行く気満々な気はする。
勿体ぶっている幸村に少し息をついてから、僕は夢野さんに近付いた。
「ねぇ夢野さん。後で伊武にしていたみたいに、僕にも胸を貸してもらってもいいかな?」
「へ?!」
「……白石との勝負で負けてしまったから、慰めてもらえるかなって」
「ちょ、不二くん?!なんやそれ狡ない?!」
「……っていうか……なんで俺、ダシに使われてるんだろ……不二さんって……見かけによらずそういうとこあるよね……ちょっとムカつく」
白石と伊武まで釣れてしまったけど、僕の目的は彼らじゃない。
「……ダメかな?」
夢野さんの髪にそっと触れてみた。
サラッとした優しい感触と、驚いたような表情に僕は自然に目を細める。
「つーか、近いわ」
「ふふっ、お触り禁止でいいかなー?」
「へぇ……」
忍足はまぁ来るかなぁとは思っていたけど、まさか滝もだとは思わなかったな。
ぐいっと夢野さんの肩を自分たちの方へと寄せた二人に瞼を上に上げる。
それから──
「……分かりやすいくらいに、挑発されとるぜよ」
「幸村くん、俺、肉すっげー食いたい」
「丸井先輩っ、お、俺も超食いたいっす!!そしてぶっ潰すっ」
「……そうだね。跡部。俺たちも参加させてもらうよ」
薄く笑った幸村に瞳を閉じた。
今日という日がまだ終わらないことに気持ちが昂る。
明日は決勝戦だけど……その前に、もう少し楽しみを増やしてみようか。
もうすっかり暗くなった空を見上げて、僕はそっと息を吐いたのだった。
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