「詩織ちゃん、ちょっと外の空気を吸いにいく?」
「う、うん……っ」
不二と白石、海堂と桃城のダブルスに対しての四天宝寺のあのふざけた二人……確か金色と一氏っつったか。
その試合が終わって、河村の試合が始まっていたが、氷帝の奴らと一緒に観客席にいた夢野が友人の女とともに席を立った。
そのままどこかへ行こうとする夢野の腕を掴む。
「……てめぇ、逃げんじゃねぇ」
「わ、じ、仁さん……っ」
確かに河村と石田の試合は波動球とやらの打ち合いで流血沙汰にはなっていて、女には見ていていい気分なものじゃねぇのは分かる。
だが、お前がここから出ていくのは違うだろうと思った。
「……全部目に焼き付けて、音を繋いでいくんじゃねぇのかよ」
「……あ」
「てめぇ自身が言ったんだろ。あの花火が打ち上がってた夜にな」
「そう、ですよね……私、皆さんに誓いましたもんね……っ」
また独り言のようにその後も何か言葉を羅列していたが聞き取れねぇ。
「詩織ちゃん、だ、大丈夫なの?辛くない?」
「うん、大丈夫っ!仁さん、ありがとうございま──」
夢野が俺に頭を下げようとした瞬間だった。
俺は視線を動かして、客席まで飛んできた河村の身体を受け止める。
夢野の友人の女が「ひぃっ?!」と悲鳴をあげていた。夢野自体は目を見開いて硬直する。
──しまった。
あぁ、そうかコイツ……ダラダラと流れる血がダメなのかもしれねぇ。
夢野が飛行機事故にあった、前にテレビでよく流れていた奇跡の少女だったことをぼんやりと思い出す。
視線を戻して、受け止めた河村の身体をグッと押した。
「何諦めてんだ、河村」
「……亜久津」
「死んでこい河村……そのかわりまたふっ飛ばされんなら何度でも受け止めてやるよ」
体勢をグッと戻した河村は、俺に振り向く。
「サンキュー、亜久津。あと一回だけふっ飛ばされてくるよ!」
立ち上がった河村を見送って、隣に視線を向けたら夢野も無言で河村を見送っていた。
ほんの僅か、小刻みに震えている手を掴む。
小さい手はすっぽりと俺の手中に収まった。同時に震えが治まり、間抜けな顔が俺を見上げる。
「……いつでも俺が震えを抑えてやるよ」
「仁さん……」
「だから、見てやれ。……アイツもアイツなりの覚悟を決めて、信じる道を進んでんだ」
「は、はいっ……!」
そう頷いて夢野はさっきまで座っていたらしい場所に小走りで戻って行った。
友人の女も後を追う。
二人の姿を見ていたら、その席の並びに座って振り向いていた氷帝の忍足と目が合った。
忍足が呆れたように目を細めて、肩を竦めてからまた前を向く。
「チッ……」
まるで俺の中の何かを見透かされたようで、イライラし始めた。
随分前から頭の中を過ぎるようになった腑抜けた考え。
追うつもりもないのに、いつの間にか気付いた時には己の視線が夢野を追っていることに気づいた。
……畜生。
気付いちまったら、それは俺の弱点になる。
弱さを抱えて生きていくような器用な人間じゃねぇんだよ。
だが、もう。
「……手遅れか」
思わず出ちまった言葉は舌打ちとともに前の客席を乱暴に蹴って誤魔化した。
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