氷帝生として、終わった夏
『例えば……詩織の場合、あの飛行機事故で悪いことが一気にがくんって起きたじゃん』

「うん……」

『で。アンタだけが生きてたってことで、幸せ不幸せグラフがあったとして、ゼロに戻ってたとする。でもおじさんおばさん──詩織は両親を失ったわけで他の人よりやっぱり不幸じゃん。マスコミもあん時根掘り葉掘りと煩かったし、変な噂いっぱいでアンタ傷ついたし。だからマイナスのとこにいたわけよ。それが今テニス部のあの人たちのおかげでプラスの方向に少しずつ戻してもらってるってことにしとこう』

「……うん?」

流夏ちゃんの言葉に耳を傾けがら、首を傾げた。途中まで幸せ不幸せグラフまでは頭の中で想像出来たけど、その後が意味わからない。

『……いや私も何言ってんだって感じだし。本当は今から仁王さん殴りにいきたい気分だけど。まぁ……今後気をつけたいなら催涙スプレーを所持しとけとしかアドバイスできないな。詩織、あんま体力ないし……運動音痴だから、護身術も教えられないし』

「さ、催涙スプレー……」

ホームセンターに売ってるのかな……って思いつつ、明日は朝早いからもう寝なきゃだしすぐに用意できないなと思った。

「流夏ちゃん、ありがとう。なんかよくんかんないけど、落ち着いたー。流石流夏様だー」

『敬うなら明日は昼飯奢りなさいね』

「はーい流夏様の仰せのままにー。じゃあ、おやすみなさいです」

『ん。おやすみ』

少し間を空けてから通話終了ボタンを押す。
流夏ちゃんのおかげで今ならすぐに眠れそうな気がした。

何回も頭の中に過ぎる混合された記憶の片鱗に胸が煩いけれど、もう考えたって仕方がないと思う。
雷のせいだし、きっと私が悪かったのだ。
私のタイミングが悪くて、忍足先輩にも仁王さんにも迷惑をかけたということで決着をつける。
千歳さんにも何かしたのかわからないけど、もし顔を合わせることがあったら謝っておこう。

そんな事を考えながら、いつの間にか意識を手放していた。







昨日降っていた雨が嘘のように晴れている。
眩しい日差しに目を細めて、私は待ち合わせしていた流夏ちゃんとちーちゃんとタマちゃんの姿に手を振った。
それから試合が始まるまでの間、氷帝のテニス部平部員の皆さんやいつも応援に来られている熱心な跡部様ファンクラブの会員の方とお話する。
皆さんとても話しやすくて、また何故か私に対して哀れみの表情を見せた。
私が貴方の立場だったら心臓が停止してしまうわと言われたファンクラブ会長さんのセリフを聞いた時には、タマちゃんとちーちゃんを凝視してしまう。
どういう経緯で会長さんがこんなセリフを吐くのだと訴えたが、二人は誤魔化すように視線を外すだけだったので悲しかった。




──夏が終わる。


氷帝学園テニス部の、跡部様が率いる今のメンバーの夏が終わった。

宍戸先輩と長太郎くんのダブルスが菊丸さんと大石さんの青学ゴールデンペアに勝ったけれど。

跡部様がリョーマくんに長い激闘の末、負けてしまった。

髪を丸坊主にすると宣言した跡部様。
その通りに、あの跡部様の髪がコートに落ちて。

先程話していた会長さんを始めとしたファンクラブの人達が卒倒していく。

蝉の鳴き声が一斉に止まった気がした。







「若くん、顔不貞腐れてる」

「いつも通りだ」

続けて行われる四天宝寺と不動峰の試合を見るために不動峰の応援席に座りながら、隣の若くんの顔を覗き込んだ。
不機嫌そうに横を向いた若くんは少しだけ目が赤かった。

優勝する学校は一校しかないんだから、仕方がないのはわかってる。
でも皆本当に悔しそうで。
そしてまた真剣にボールを追う視線が、またかっこいいと思った。
眩しくて、キラキラと青春してて、私が持っていなかった熱を皆心に宿している。

「……本当にみんなかっこいいなぁ」

そう呟いたセリフを若くんに聞こえたかはわからないけど。
その後、着替えてきた岳人先輩や長太郎くん、宍戸先輩が側に座ってくれた。
滝先輩と崇弘くんは跡部様についてどこかへ消えてしまったらしい。

「……あ」

それから遅れてきた忍足先輩がジロー先輩と来て、目が合って思わず声が出てしまったけど、できるだけいつも通りにと泳がせてしまった視線を戻す。

「お疲れ様でした」

「ん。自分も応援お疲れさんやで」

そう薄く笑って返してくれた忍足先輩はまた色っぽかったけど、出来る限り反応しないようにへらっと笑ってから目線を試合へと戻した。

煩い胸の音をかき消したのは、コートの上にいた深司くんの姿で。

そして「棄権」という審判の方から出た言葉。

大量の汗を流して腕を抱えている深司くん。
今さっき試合が始まったばかりなのに、と息を飲む。

深司くんの対戦相手は金ちゃんだったけど、まさか一球でこんなことになるなんて誰が想像つくだろうか。

「……っ、深司く──」

医務室に行く深司くんの姿に席を立ったけど、ぐっと手が掴まれる。
若くんだった。
ギュッと握られた手の感触と温もりに戸惑う。

「……いや、……なんでもない」

すっと離された手。
ポツリと呟かれた言葉に何を返したらいいのか分からず「少しだけ行ってくる」とだけ言って応援席から離れた。
流夏ちゃんとちーちゃんにも同じことを言って、駆け出す。

アキラくんと鉄くんがちょうどコートの中に入っていた。対戦相手は石田さんと謙也さんだ。
ご兄弟対決で、スピード勝負なのかなって思ったけど、今は愕然としてた深司くんの表情が心配で足を動かして急ぐのだった。

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