心を閉ざすのは君のため
「お父さんっお母さんっ……!」

そないな掠れた声が間仕切りカーテンの向こうから漏れ聞こえてきて、思わず胸がきゅっと苦しくなる。

「あんな、詩織ちゃん──」
「あ。そういえば俺が来る前に誰か寝とったような気がするばい」
「──不穏な空気を感じるわソレ」

カーテン向こうに優しく声をかけようとしたら、後ろで千歳がそないな事を言うから、思いっきりカーテンを掴んで開けた。

ベッド上の布団の盛り上がり方が詩織ちゃん一人分にしてはおかしいし、明らかに銀髪がはみ出しとる。

「……仁王、ふざけんのも大概にしぃや」
「プリっ……」

掛け布団を捲ったら、胸の奥で渦巻く感情が強くなった気がした。
一瞬、唇が重なっていたかのように見えて「自分今……」と口に出た瞬間、仁王が体勢を起こす。
同時に仁王が胸に抱き締めてる詩織ちゃんも体勢を起こすようにしてて。嗚咽を漏らしながら、詩織ちゃんは仁王に縋り付いていた。

また雷が音を立てる。

「……さぁてのう」

片方の手を己の口元に持っていった仁王は、人差し指で下唇を擦ったあと、上唇の端をペロリと舌で舐めた。
それが先刻の俺の呟きへの返事らしい。

……そっちがその気なら、俺も容赦せぇへんけど。

「……ふぅん。まぁええわ。……で、そろそろウチの姫さん、返してもらおか」

「そうじゃのう。……奪ってみんしゃい」

──おまんさんに奪えるもんなら。
そうはっきりと仁王の細められた目が語っていた。

「……自分、ホンマにええ度胸やな」

スっと閉ざした心の裏側では、黒い感情が燃えるように熱くて。
冷静に言葉を吐き出しても、漏れ出した熱が空気に触れる。

仁王の腕の中にいる詩織ちゃんの肩に優しく手を置いた。
顔を近付け、できる限り耳元で低く囁く。

「詩織ちゃん、もう怖ないから……こっちおいで……」

「……ん、……お……したり、せんぱ……い……」

潤んだ瞳が俺を映したような気がした。

その時だ。
医務室前の廊下で「どこだよ、夢野っ!」と宍戸の声が聞こえたんは。「詩織ちゃんー?!」と続いて鳳の声も響いて。
そして同時に後ろにいた千歳が盛大に叫んだ。

「ぎゃあぁあっ?!お、忍足、仁王っ!蜘蛛、蜘蛛ばいっ!!でかか蜘蛛が襲うてくるっっ!!」
「はっ?ちょ、おま、その図体で抱きついてくんなやっ?!ばっ、重っ!!」

叫んだというか悲鳴やった。
まさか千歳のでかい図体が背中にのし掛かるとは思わんかったから、詩織ちゃんの耳元に向かって囁くようにしてた俺は元々前のめりで、そのまま思わず体勢を崩す。
と、どうやら詩織ちゃんを抱き締めてた仁王もまさかそないな事態になるとは想像できひんかったんやろう。

「は、おまんら、ふざけ──」

男三人分と女の子一人分。
それが一気に斜めに体重が掛かったのだ。
医務室にある簡易ベッドだったせいもあり、俺らはそのまま横転したベッドごと、床に倒れ込んだ。

盛大にガシャーンっと派手な音を鳴らしたからか、廊下にいたらしい宍戸と鳳が駆け込んでくる。

「詩織ちゃん、大丈──っ?!」
「な、何してんだよ、お前ら?!」

いや……
いやいやいやいやいや!
聞きたいんはこっちやわ。

「ん……ふっ……」

声を大にしてツッコミたかったけど、声がでぇへんかったんは、俺の唇が柔らかい詩織ちゃんの唇と重なってたからで。
流石に好きな子のこれを外してツッコミをとるほど、余裕がある男ではない。

ただ、どうやら一番下敷きになっている仁王の両手が、倒れた際に詩織ちゃんを庇おうとしてたんやろうけど、両胸をがっしり掴んで……というか、揉んどるな。確実に今ぴくりと指動かしたな。俺がその立場でも一度は試してまうからわからんでもないけど、やめーや。
そして視線を斜め下に向けたら、どーなっとんねん。これ。
説明がうまく出来ひんけど、そしてどないなってそうなったんかわからへんけど、千歳は詩織ちゃんのスカートの中に頭突っ込んでるし。
え、待って。一番あかん気がするわ。


「な、何をしとるかっ……け、け、けしからーんっっつ!!」

雷オヤジ……ちゃうわ。真田がいつの間にか部屋に入ってきて建物中に響く咆哮を放った。


「……跡部。白石。お互いに一匹ずつ部員(ゴミ)を処理しようか」


とりあえず、爽やかな笑顔でそう笑った幸村に三途の川が見えた気がしたわ。


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