「……いや、こっちじゃ目立ちすぎるだろ……」
そう思って今度はベッド近くに置く。
「いや、ここじゃ女の部屋みたいになる……」
クソ、難しいな。
大体男の部屋にこんな巨大な黒猫のぬいぐるみ自体が似合わないのでは……っ!
「薫兄さん……」
「うわっ?!」
「……驚かせてすみません……」
突然の声に驚いて後ろを振り返ったら、部屋の扉前にいたのは弟の葉末だった。
煩くなった心臓へ落ち着け!と激を飛ばした。
「ですが……」
きっと目を釣りあげて、葉末が俺の部屋の中に入ってくる。
それから黒猫を抱き締めた。
「お、おい……それはっ」
アイツからもらったもので……!
夢野から貰ったものということが、こんなにも他人に触らせたくねぇって思うのかとか。弟にすら渡したくないと思うとは……と、自分自身の気持ちに焦った。
「薫兄さん……この子はここがいいと思うんです」
「な、に……?!」
目から鱗である。
葉末が置いたのは、クローゼット横にある小さめの棚の上だった。
まるで部屋全体を見渡しているかのように降臨した黒猫に「おお……」と声が盛れる。
これなら違和感もねぇ……!
ちょっとしたオシャレ男子みたいなやつの部屋じゃねぇか。
「ふしゅうぅ……葉末、助かった……感謝するぜ」
「いえ……、薫兄さんの役に立てたなら、俺は嬉しいです」
二人してニヤリと笑って頷き合う。
持つべきものは兄弟だ。
それから家族で珍しく遅めの夕飯を食べて、父さんと葉末の次に風呂にでも入るか……と黒猫のぬいぐるみを見つめながら考えていた時だ。
突然携帯電話が震える。
画面を見たら、なんと桃城。
「もしもし、なんだてめぇ……」
『よぉ、マムシ!とりあえず、聞けって!』
「あ?」
珍しいいつもと違うテンションにちょっと戸惑いながら耳を貸してやると、桃城は「あー、さっきまで二年のスマホ持ってるやつらでメッセージアプリで話しててんだけどよー」と続けてきた。
あいつら……そんなことしてんのか。
と思っていたら桃城が「立海の幸村さんが夢野に告白してキスしたんだとさー」と訳の分からねぇことを言ってきたから、途端に噎せる。
「な、なな……なんで、それを俺に?!」
『いやー、なんか……夢野のこと、三年生の先輩らから守ろうって感じの話っていうか?』
「なんだよ、それ……」
『夢野、泣いてたんだってさ』
「……それは」
コロコロと表情を変える夢野のことを思い出す。
笑いながら「薫ちゃん!」なんて、俺の事を呼ぶのはアイツくらいなもんだ。
『……てか信じらんねぇよ、信じらんねーな』
「あ?何がだよ」
『いや、俺も合わせて、さっきメッセージやり取りしてた奴ら、夢野のこと好きなんだってこと』
「……は?」
思わず瞬きを繰り返した。
桃城の馬鹿は何を言ってやがる。
『……マムシよぉ。俺とお前はテニスでライバルだよなぁ。で、やっぱ……夢野もかぁ?』
「誰がてめぇのライバルだ!ボケが!夢野もってなんだよ、コラ!俺がまるで──」
そこまで発言してから棚の上で座ってこっちを見てる黒猫と目が合った気がした。
「──ふざけんな、俺はお前には勝つからな!」
そう吐き出して、通話終了を連打し電話を切った。
「……ふしゅう……、別に……俺は元々先輩らにも負けるつもりはねぇ……」
ドッドッドッ……と煩く喚く心臓の音が気になり始めたのはだいぶ前からで。
昨日の夏祭りの夜は、鼓膜が破裂すんじゃねぇかってぐらいだった。
──どうせアイツが、俺の事をなんとも思ってないことなんて初めから知ってる。
夢野に男として意識されるために、もう少しだけ粘ってみようか。
「クソ、俺らしくもねぇ……」
呟いた台詞は静かに部屋の中に溶け消えた。
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