パンダ模様の金魚に重ねる
ハッと意識が戻った時には、私は崇弘くんに抱き抱えられていて。
隣に立っていた跡部様が眉間に皺を寄せたまま「お前……記憶はどこまであるんだ?」と呆れたように言われた。

「え……えっと……」

頭の中の記憶を甦らせる。
忍足先輩と千歳先輩を起こそうとして、雷が鳴って──

「……隣のベッドに隠れようとしたら……仁王さんがいて」

カァーっと無意識に顔が熱くなった。
最後に見た仁王さんの優しい眼差しと、密着した身体があまりにも近くて。

「……はぁ、それだけか?」

「え、あ……でも、なんか、忍足先輩も……」

どうなったんだっけ。
腰が砕けそうな程のあの甘い低音ボイスが耳の奥に残っている気がした。

「殆ど覚えてないか。……とりあえず、あの三人には暫く近付くなよ」
「え」
「行くぞ、樺地」
「ウス」

パチンっと指を鳴らした跡部様が踵を返して部屋を出ていくが、崇弘くんの肩越しに視線を送ったら、幸村さんと白石さんの前で忍足先輩と千歳さんと仁王さんが土下座させられていて、二度見してしまう。

その戸惑いは、家に帰り着いて開いたスマホの画面を覗き込んでも続いた。


善哉(光)>詩織のアホ

devil(赤也)>マジでアホ

Eve(深司)>本当に詩織は馬鹿だと思う。もしかして……俺の気持ちを知っててわざとやってるとか……

devil(赤也)>マジで馬鹿

eleven(十次)>あの、ごめん。今日は俺も……詩織、先輩らには気をつけてっ!お願いだからっ

devil(赤也)>そうそう!もう一つの二年グループでも鳳とかめっちゃ怖いんだからな!

善哉(光)>切原処刑決定やわ

eleven(十次)>馬鹿切原アホ間抜け

Eve(深司)>⊃縄

devil(赤也)>む、室町お前俺にだけ悪口ひでぇ!!あと財前と伊武怖い!!


そこでグループの会話は途切れているけど、ここに何を打ち込んだら正解なのかもわからないから、何も打ち込めなかった。
皆には私の既読だけはわかると思うので、画面を閉じてちょっとだけ深呼吸する。

跡部様に答えた内容とは別に、もう一つだけ覚えているものがあった。
跡部様に聞かれた時に、よく口に出さなかったなと私自身に頑張ったと賞賛を送りたいぐらいだ。
たぶん、その記憶の片鱗を考えないように脳の端っこに追いやったのが良かったんだと思う。

ゆっくりと自分の唇に指を撫でるように這わせた。
徐々に熱が顔に集まる。

布団の中で仁王さんの優しい眼差しを見つめていたら、ゆっくりと視界が狭まって……間近で仁王さんの唇の下の黒子が見えた。
次の瞬間にはキスをされた、んだと思う。
上唇がゆっくりと舌先で舐められたとこまでは、なんとなく感触を思い出せた。

でも雷の音と雨音に意識が落ちる。
飛行機のエンジン音。
パイロットの人の放送が繰り返し繰り返し、シートベルトを締めろと言う。

その音声がふっと甘く優しい囁く様な低音ボイスに変わって「こっちおいで……」と聞こえた方を向いた。
忍足先輩だった。
お父さんが座っていた筈の席に忍足先輩がいて、そっと頬に張り付いていた髪をかきあげて耳にかけてくれる。
それから物凄い衝撃が私たちを襲った。
落ちる──ギュッと目を瞑ったら唇に感触があって。
目を開けた時に映ったのは、忍足先輩で。
重ねられた唇の感触に、また意識が落ちた。


「だから、それはつまり……っ、どういうことかって言うとっ」

唸りながら床を這うように移動して、ブクブクと空気が循環している水槽を眺める。
金魚が四匹泳いでた。

夜店の金魚三匹と私が追加で家族にしたパンダ模様の出目金だ。パンダ模様の出目金がふらっと真ん中にくると、赤の金魚たち二匹がヒレをつつく。

啄むようなその仕草に水槽に反射した私の間抜けな顔が泣きそうになってた。

……だから、つまり、私は──仁王さんと忍足先輩ともキスをしてしまったのでは……っ!
なんで千歳さんまで怒られているのかが最後までわかんなかったけど、これは一大事である。
しかも跡部様のあの表情、全部知ってるって顔。
つまり幸村さんも白石さんも知ってて……。
さっきのメッセージアプリのグループの四人も知ってて……赤也くんのセリフから、他の二年生たちにも知れ渡ってる。
それはつまり、もうあの建物の中にいた全員が知ってるってことじゃないか……!


Liliadent>今日はさわがしかったデスネ。なにかありましたか?


ピロンっと音がして、クラウザーくんのそのメッセージにいつの間にか漢字が少しだけ書けるようになってることに感動を覚えつつ、彼が何も知らない様子に心底安堵した。

そして入道おじさんという親戚のおじさん夫婦が来ているから今日はいけないわーと言っていて、本日あの場にいなかった流夏ちゃんに電話をかけることにする。
もうどうしたらいいのか、頭の中が追いつかなかったから……仕方がない。

目の前でまたパンダ模様の出目金が、赤い金魚二匹につつかれて、その後黒い出目金までお腹の辺りをつつくもんだから「もう皆して虐めないでっ、ストレスで死んじゃうよ」と叫んでしまった。

流夏ちゃんを呼び出している待ちうたを聴きながら、真っ赤な顔で三角座りした膝に額を強く打ち付けるように項垂れた。

……心が痛い。
明日の応援に行く勇気すら今はもうないかもしれない。
私は今、羞恥心で死ねる。

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