全国大会三日目の朝に
──昨日は賑やかな夕食だった。

ただ私の頭の中には跡部様ファンクラブの人達に目をつけられてしまったかもしれないということだけがグルグルと心配事で回っていて、これからももう跡部様や忍足先輩たちと会話すら出来ないのかなとか思うとちょっと……いやだいぶ悲しい。
私は皆さんの輪に入れるのが──入れてもらえるのが嬉しくて。
自然に笑っていられる居場所で、とても心地よかった。

朝起きたら、ちーちゃんとタマちゃんからメッセージアプリにて連絡がきていて、どうにか上手く話がついたから大丈夫だよ!と言われた。
どういう経緯でその結論にたどり着いたのか、すごくすごく不思議ではあったけど、詩織ちゃんが普通に跡部様と話していても怒られないよ!とタマちゃんからのメッセージにホッと安堵する。

タマ>元々ファンクラブの人達は、跡部様が迷惑がる行為を規制するためのものだから〜!跡部様が迷惑がっていないなら、それを邪魔するのはルールに反するのだよ〜。

千早>あと、夢野詩織を見守ろう会を結成したわ。私が会長でタマが副会長。ちなみに特別委員に流夏が就任したから。

流石にそんなちーちゃんのメッセージを目にした時は、一体何を書いているのか、縦読みなのだろうかとか、謎解きだろうか?と数分悩んだ。
ただ、その会に入会してくれたのがほとんど二年F組のクラスメイトの皆と言うのを知って、もしや私はクラスメイトの皆から見守らなければいけないほど不安定に映っているのか、はたまたすごくドジに見えているのだろうか……?と自分が心配になった。

それから、昨日は遅くに立海の皆さんに送っていたメールやメッセージの返事が来ていた。
直接言えなかったから、おめでとうを伝えただけなので、ありがとうというようなお返事だけだけども。
スクロールさせて、仁王さんの名前にちょっと目が止まってしまうのは、お話が出来てないからだろうか。メッセージではいつも通り「プリっ」とかで返ってくるだけだし、もしかしたら、あの手紙も公園での会話も特別な思い出みたいになっていたのは私だけなのかもしれない。


パンっと昨日に続いて気合を入れるために頬を叩いた。
そろそろ自分自身の独り言をどうにかしないと、誰にも秘密や悩みを打ち明けて貰えなくなってしまう。むしろ、私の中の秘密がもはや公然のそれになりつつある。
昨日の謙也さんの事もそうだし、このままではリョーマくんや若くん、光くん、幸村さんのキスまで声を大にして叫んでしまい、いつか知られてしまうのではと不安でいっぱいだ。
さらに幸村さんと柳生さんの告白とかも口から漏れ出てしまったら、どうしよう。
っていうか、よくよく考えたら私何人の人とキスをしてしまったんだ。恥ずかしい。

「いや違う!!」

一人部屋の中でハッとした。
昨日の平古場さんの額にちゅーもそうだけど、テニス部のあの人たちがいとも簡単に額や頬にキスをし過ぎなのでは……?
女の子にそんな事ばかりしていたら、勘違いされてしまうよ?!なんか前にもこれ思ったけども!!

「自分たちのイケメン具合を客観的に見て!」

気付いたら、これはまだそこまで仲良くない時点の五月の合宿でも思ったことだった。
やはり、彼らが顔面的にも精神的にも男前過ぎる男子中学生なのがいけないのでは?と結論付ける。

それからちょっと自惚れてしまいそうになって、またペシっと自分の頬を叩いておいた。







会場前のバス停で降りる。
今日は午前中に氷帝と青学の対戦だ。
もう一つは立海と奈良県の兜って学校の対戦もある。
それぞれの同じコートで試合が終わり次第という形で、四天宝寺と不動峰の対戦とクラウザーくんの名古屋聖徳と黒潮っていう和歌山県の学校の対戦だった。


天気は晴れ。
薄い雲の流れは早いけど、テニスの試合に丁度いい天気だと思う。少しだけ昨日よりほんの少しだけど日差しも柔らかい気がした。

「夢野」

バス停からすぐの階段を登り終えたところで、後ろから声を掛けられる。
振り向いたら若くんだった。

「若くん、おはよう!同じバスだったの?声掛けてくれたら良かったのに」

あと、氷帝は跡部様が専用バス用意してくれてなかったっけ……?と首を傾げたら、真横に立った若くんがフンっと鼻を鳴らす。

「……少し朝早くに目が覚めたから先に来ただけだ。お前こそ随分早いな」

「なんかね、目が覚めちゃった。氷帝と青学の試合があるからかなぁ」

流石に氷帝生としては、氷帝応援してるんだよ。って笑ったら、若くんの眉間の皺が濃くなって、不機嫌そうに足を早めた。だからついて行くのに精一杯で足がもつれそうになって「ま、待ってっ」と声を発したら、やっと若くんは立ち止まってくれる。

コートへと続くコンクリートの道の真ん中。
左右で風に揺れてる木は、なんて名前だっただろう。

「……応援している割には、他校の応援席ばかりにいた気がするが」
「……え」

吐き出すようにそう言って若くんがゆっくり振り返った。
日差しが木々の間からさぁっと差し込んで、思わず目を細める。

「お前……今日は氷帝席から動くなよ」

大体チョロチョロし過ぎなんだよ。ウザい。と続けられて久し振りの若くんの言葉の攻撃に心が痛い。

「う、ご、ごめん。ただ、昨日は比嘉の皆さんに伝えたい事があって……」
「そうやって色んなところに首を突っ込むな」
「でも──」
「煩い」

若くんが私の手首を掴んで引っ張って、いつの間にか私は若くんの胸の中に飛び込んでて。

「……わ、若くん」
「だから煩い。黙ってろ」

ギュッと頭に添えられた若くんのもう一つの手が力を込める。
心臓の音が聴こえた。

自分のものなのか、若くんの心臓の音なのかわからない。
でも、どうしてだろう。
恥ずかしいのに、早く離してもらおうと思うのに、少し早い心臓の音が耳に心地よいメロディーみたいで、動けなかった。

「ちゃんと見とけよ。試合」

「わ、わかった……っ!若くんのこと、ずっと見とくっ」

離された瞬間にそう言われて、思わずそう返してしまったら、若くんの顔が驚いて目を見開く。
眉間の皺が薄くなって、代わりに頬がほんのりと色付いた。

「……っ、お前、本当に……そういうの辞めろ!」
「へ?今見とけって言ったのは若くんなのに?」
「言ったが、なんかお前……っ、あークソ、大体なんで俺がコイツにこんなに振り回されなきゃ──」
「わ、若くんっ、若くんっ!!」
「──何……だ?!」

私は声を張り上げて若くんに今度は自分から抱き着く。というか、助けて欲しいのだ。
自分の背中にやたらデカい蝉が飛んでくっついて来たためである。

「蝉、蝉っ蝉が背中にっっ!取って?!飛んでった?!」
「いや……まだ居る」
「えええ、じゃあ取ってっ!早く早くっ」

ぎゅうってしがみついて精一杯声を張り上げた。私が木の幹に見えたのかな、そんなに太ったっけ?!失礼な蝉さんだ!まったく失敬な!とか色々喚いていたと思う。

「……何してるんですか?貴方たち」

「は!木手さん?!大きい蝉が背中にくっ付いてて……っ取ってくださいっ!」

背中にかかった声に振り向かずに返す。独特な喋り方と声だから木手さんだってすぐにわかった。あと、大会最後まで見学するんですね。やっぱりそういうの木手さんらしいなって思っていたら、若くんの手が私の肩を掴んだ。

「いや……夢野。やーが日吉に飛びついた時には飛んでったし」
「だ、だから、は、離れていいさー!」

平古場さんと甲斐さんの声に恐る恐る振り返ったら、本当に蝉はいなくなってて。
ぽけっとしながら、木手さん達の方向を向いたら、田仁志さんも知念さんも不知火さんも浩一くんもいた。
それから、前を向いて顔を上げる。
ふっと意地悪そうに口角を上げて笑った若くんの顔があった。

「……馬鹿夢野」

「っ、ひ、ひどい!若くん、ひどいっ!」

「だから煩い」

グイッと手を引かれて、若くんが向かうコートへと足を進まされる。

「あ、あっ、まっ、待って!木手さんたちにちゃんと挨拶できてないっ!」
「別にいいだろ。どうせこっちに来るに決まってる」

……昨日よりほんの少しだけ日差しが柔らかいかもしれないって思ったけど、やっぱり勘違いだったかもしれない。
日差しは眩しいし、肌に感じる熱はとても熱かった。

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