恋の音を僅かに鳴らした
「……いやぁ、まさか夕食が中華レストラン丸々貸切とか想像つかなかったよ!」

「あはは……、何故か跡部様が……」

ふっと遠い目をした詩織ちゃんになんとなく流れの想像がついた。
取り敢えず、レストランに入ってすぐに呼び出されたのか参加していた六角の皆に比嘉中の甲斐くんが謝っていたのが印象的だった。
といっても、謝ったのは彼だけで。
特に部長の木手くんとかは「勝負に卑怯も何もないでしょうよ」とか悪態をついてて、また険悪な雰囲気になりかける。
でも詩織ちゃんが「と、取り敢えず、ご、ご飯!ご飯いっぱい食べましょう?!」と叫んで、盛大にタイミングよくお腹を鳴らした。

「詩織ちゃんは……意識的にお腹の虫さんでも鳴らせるの?」

「そんなことができたら私はお腹の虫さんの音をプラスしながらヴァイオリン奏でて一人二重奏して有名になれますね」

「あはははは!」

真顔でそんなことを言い放った詩織ちゃんが可笑しくて思わず笑ってしまった。
あまりにも大きい声を出してしまったので、しまったと口を塞ぐ。
この広いレストランの中で、またこの大人数だ。
俺以外の奴らが詩織ちゃんと一緒にいたいって彼女を探してるだろうから、目を引いてしまっては邪魔が入ってしまう。

「千石さん、笑い過ぎですっ」

むぅっと頬を膨らませた彼女が可愛くて「メンゴメンゴ!」って言いながら頬をつついてみる。
ぷにゅっとした感触がまた可愛くて目を細めた。

「詩織、せ、千石さんといたのか……」

「あちゃー、室町くんにバレちゃった……」

俺が唇を尖らせると、ムッとしたように室町くんが詩織ちゃんの手を引く。

「あ、あっちの席空いてたからっ」

俺から引き離したいのかな〜なんて目を細めて「じゃあ俺も一緒に行くよ〜」って詩織ちゃんの肩に腕を回した。

「千石くん、この手は無駄やわ」
「いてっ」

ギュッと軽く抓られて、横を向いたら男の俺から見てもそこら辺の芸能人よりもイケメンの白石くんで。
隣には忍足謙也くんと財前くんもいた。

「な、なんで、その二人も一緒に……っ」
「しゃーないやろ。二人とも詩織センサー持ってるんかってぐらいやねん。そっちも千石さんから引き離せてないやないか」

コソコソと話している室町くんと財前くんの隙をついて、詩織ちゃんの腕を引く。

「ほらほら、席にどうぞー」
「あ、はい……っ」
「お、俺、窓側いってもええ?!」

窓側に詩織ちゃんを座らせて、その隣に俺が座る計画がバレてしまったらしく、忍足謙也くんがそこに座ってしまった。

「……えっと、じゃあ……」

詩織ちゃんの目が泳ぐ。
もしかして忍足くんの隣が嫌なんだろうか。
でもその躊躇いに忍足くんが視線を逸らして、それを見た詩織ちゃんは覚悟を決めたように彼の隣に腰掛けた。
取り敢えず、すぐさまその隣に腰掛ける。
白石くんは初めから忍足くんの前の席に座っていて。……まぁ彼の顔なら前の席に座った方が効果的だろうねっとちょっと男として嫉妬してしまう。

室町くんと財前くんがハッとして、慌てて詩織ちゃんの前とその隣に腰掛けた。

「あ……二人とも、俺に連絡してくんない……?何これ、もう席、端っこしかないじゃん……ちゃっかり前に座ってるし……ウ財前……」
「あ、あの、千石さん、失礼しますっ」

俺の隣に神尾くんが座って、伊武くんが室町くんの隣に腰掛ける。

「あれ?神尾くん、杏ちゃんだっけ?あの子のところで食べないのかい?」
「えっ?!いや、そのっ、杏ちゃんは今橘さんと千歳さんと同じテーブルで!あと、青学の女の子らも一緒で……っ」

まさかなーなんて思っていたら当たりだったとは……。
本人の慌てぶりと、伊武くんが目の前で盛大にため息をついてブツブツボヤいているのを見て、なんとなく理解した。

「夢野さんは、なに食べるん?俺はもう決めたで!」
「相変わらず謙也さん、決めるの早いですね。んー……私は……」

ハッと振り返ったら忍足謙也くんと詩織ちゃんが同じメニューを覗いて距離が近くなってる。

「詩織、こっちの特別メニューもあんで」

さらっとその二人を引き離したのは財前くんで。
華麗なる技に拍手を送りたくなった。
だが……厄介だなぁ。

と、そんな時にふと会場にいない学校があることに気づいた。

「そういえば……あのサバイバル合宿の例からいくとー、立海のメンバーがいないね?クラウザーくんがいないのはあれだとしても……」

「あ、流夏ちゃんから連絡来てたんですけど、どうも試合が終わったあとに立海の皆さんすぐに会場を出られたらしくて……なんか、応援席の後ろの方に立海のOBの人がいて……その人のせいかもって。流夏ちゃんもその人を見たのは一瞬だけだったらしいですけど、流夏ちゃん、記憶力いいし……去年テニス部で見たって言ってました」

「へぇ、そうなんだー」

幸村くんがいないのはラッキーだけどねぇ。
彼がいたら、この席危なかっただろうし。
俺としてはラッキーだよ。うんうん。

「で、その三船さんは?」

「んー、流夏ちゃんは元々夕食を家族で食べにいく約束してたらしいです。あ、ちーちゃんとタマちゃんなら、跡部様の席の方に」

そう言ってからメニューが決められなかったのか、詩織ちゃんは折角なので、皆で色んなの頼んでシェアしませんか?と提案していた。
俺もそれがいいなぁと笑ったら、嬉しそうに笑顔を返してくれたから、ちょっと幸せな気分になる。

「……っと、あれ?」

そう言えば、氷帝の皆が今日は詩織ちゃんに絡みに来ないなぁと気づいてしまった。

白石くんが「なら、俺に任せてな」と適当に注文しているのを見ながら、詩織ちゃんに首を傾げる。

「そう言えば、珍しいよね。跡部くん、平部員だけじゃなく、応援席の女の子たちまで誘ってるんだねぇ」

「……あ、あの、実は……」

黄色い歓声のする方へと、室町くんと伊武くんが視線を送っていた。詩織ちゃんがぽつりと呟く。

「……わ、私、この全国大会の応援でうっかりしてしまってて……、目立ち過ぎました……。跡部様は飛び抜けてなんですけど、忍足先輩も宍戸先輩も鳳くんも……好意を寄せている方が多いことを失念していたというか……っ」

「え?どういうことなん?」

忍足謙也くんが項垂れた詩織ちゃんを心配そうに見つめる。

「……タマちゃんも跡部様ファンクラブの一員なんですけど、どうやら会報メールにて私のことが書いてあったらしくて……このままでは、氷帝の女子生徒の皆さんを敵に回してしまいそうだったので……距離を……」

「で、跡部くんなりのファンサービスっちゅーとこかいな」

白石くんが苦笑して片肘をついた。

「……俺は侑士に好意を寄せている女の子がおることの方が衝撃やわ……嘘やろ」

「謙也さんもモテてますわ。だから、好意を寄せてる女子が告白してきたら、付き合ったらええと思います」

「え?!あ、アホっ!!そ、そんなことあっても、て、丁重にお断りするわっ!!」

真っ赤な顔で怒鳴った忍足くんから視線を外して、氷帝の皆が固まっている席を見ていたら、日吉くんと目が合った気がする。
いや、俺じゃない。
俺の隣の詩織ちゃんを見ているのかと理解した。

「……んー、詩織ちゃんは、あっちの女の子に囲まれてる氷帝の皆みて、なんとも思わないのかい?」
「え?そうですね。……いつもけっこう囲まれてますよ?」

そう首を傾げた詩織ちゃんの返答に「そうじゃなくてさー、例えば日吉くんの隣にずーっと別の女の子がい──」とか聞いた瞬間に、いきなり前から脚の脛を蹴られて「──いだあっ?!」と間抜けな声を出してしまう。

……涼しい顔して財前くんめっ!と睨むが彼はこちらを気にすることも無く、スマホを弄っていた。

「だ、大丈夫ですか?……えっと、その、さっきのやつ、考えたらすごく寂しいなって……あっ!でも若くんに限った事じゃなくて、例えば光くんでも、謙也さんでも……寂しくは……感じます……っ」

だんだんと自分の言っていることに気づいたのか、詩織ちゃんの顔が赤くなっていった。

それからすぐに料理が運ばれてきて、白石くんが皿を配ったら、室町くんと詩織ちゃんが取り分けますって同時に言って。
顔を見合せて笑った二人にまた溜息をつく。

「……俺もモテたら詩織ちゃんは寂しがってくれるのかなー?なんてー。んーでも俺、これからは詩織ちゃんだけ見つめようかなっ!そしたら振り向いてくれるかい?」

「あはは、千石さん、何言ってるんですか?……あ!あそこにすっごい美少女が!」

「え、え?どこどこ?!」

「ほら。無理なこと言わないでくださいー」

可笑しそうに笑った詩織ちゃんにしまったと苦笑した。
う、うーん。

「……でも、寂しいですよ。もちろん」

そう首を傾げて困ったように笑った詩織ちゃんがまた可愛くて、これからも彼女はどんどん可愛くなっていくんだろうなってそんなことをぼんやりと思う。

「あ!でも私、ちゃんと応援しますから!テニスみたいに、皆さんの恋もっ!!」

そのセリフに同時に固まったのは、その席にいるメンバーだけじゃなかったのだった。

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