彼女が見つめる先、俺のケジメ
──まさか、だった。
深司と神尾は俺たち不動峰のエースであって、この二人が落とされてしまうとは……。

ぐっと顔を上げる。
シングルス2の対戦相手は──千歳だ。

あのサバイバル合宿で話しは出来たし、プレイだって日常をどう過ごしているのかだって目にした。
だから俺にはわかっている。

お前の片目は、きちんと視力が回復してないんだろう。

だから、お前の死角となる場所には打ち込まない。
それが俺のケジメたい。



注がれる視線を背中で受ける。
そして心の中で申し訳ないと謝った。
俺の個人的なケジメの付け方で、お前たちを勝利へと導くことはできないかもしれない。

だが、きっと……


深司を慰めるようにしている夢野の姿を一度だけ見た。
彼女のおかげで深司もだいぶ落ち着いただろう。

そう考えてから、千歳に向き直る。
胸の奥で軋んだ何かを考えることはせず、ただ千歳との試合に集中したい。

きっと、来年になれば、深司や神尾たちはもっと強くなる。
俺以外のメンバーは二年生なのだ。
彼らには次があるし、この負けを糧に出来るだろう。


「……桔平」

千歳が俺の名前を呼び、俺は頷いた。

この夏の大会の中、これが俺にとって一番熱い戦いだっただろう。








「お疲れ様でした。あと、目をちゃんと冷やしてくださいね」

「あぁ」

ぺこりと俺に一礼した夢野に短く返事を返し、桜井や森、内村の肩を叩く。
ボロボロと泣いている神尾の頭を撫でて、石田と深司の背中を叩いた。

視界の端で夢野が俺たちから離れていくのが見える。
俺たちと同じように敗退した氷帝のメンバーの元に駆け寄っていた。

大会が始まってから、いや、始まる前から……彼女の存在はどれほど俺たちの力になっていたのだろう。

それは不動峰の仲間たちだけではなく、彼女の通う氷帝の者たちだけでもない。
今俺たちと試合をし勝った四天宝寺も、その四天宝寺と戦うことになる青学も。

皆、彼女から力を貰っていたように思った。
それは本当に些細な──背中を少しだけ後押しされるような、そんなほんの小さな力だ。


「夢野っ!!」

そう思ったからだろうか。

大声で俺はいつの間にか叫んでいた。
驚いたように深司たちが俺を見る。
その瞬間に少し気恥しさが身を襲ってきた。
だが振り返った彼女に、もはや言葉を続けるしかない。

「今度は……俺たちが君を応援する番だな」

そう笑ったら、顔だけ振り向いていた彼女のスカートがくるりと回った。
身体ごと俺に正面を向く。

「何言ってるんですか?私はもう橘さんたちに応援たくさんしてもらってますけどもっ」

全然返せてないのは私の方ですよ!そう白い歯を見せて満面の笑顔で笑った夢野が異様に眩しく映った。
太陽は彼女の背にはなく、むしろ俺たちの頭上に輝いているというのに。

「……そうか」

胸の奥に広がる温かさに思わず目を細める。

「だが奇遇だな。俺も受けた恩を返せている気がしない」

だから、まだ。

君との夏を楽しんでいてもいいだろうか。

飲み込んだ言葉の代わりに、精一杯笑って見せた。

ドォン……と力強く響いた和太鼓の音は、きっと俺の心の中だけで鳴ったのだろう。

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