パタパタと煩い足音が聴こえていたから、入ってくる前から詩織が追いかけてきたんだろうな……ってそんなことをぼんやりと思ってた。
息を切らしながら扉を開けて肩を上下に揺らしている姿に、我ながら情けないなとは思いつつ、じわりと嬉しさが内側に広がる。
……俺の事に必死な姿が可愛いだなんて、絶対口には出してやらないけど。
「……何?……一球で棄権なんて、情けないよなぁ……そうやって憐れんだような目で見られるの、本当に傷付く……」
医務室の先生が巻いてくれたテーピングに視線を落としてから、席を立つ。
詩織の横を通って、医務室から出た。
「ま、待って……」
後ろからかかる声に、キュッと下唇を噛む。
そうやって俺にかかる言葉が、嬉しくて堪らないのに……心とは裏腹に喉から出るタイミングで言葉が勝手に変換された。
「だから……待ってって言われたって……俺に何を言いたいんだよ。こんな情けない試合してさ……わかってる、慰めようとしてくれるのは……でもさ、それって俺を傷付けるってわからないかなぁ……本当に残酷だよね。いつもいつも……詩織はそう言うのわかって無さすぎると思う……本当にウザいんだけど」
……違う。
ウザいだなんて、これっぽっちも思ってないくせに。
なんで詩織を傷付ける言葉ばかり出るんだろう。
理由はわかってるようで、わからない。頭の中でわかってるけど、それをどう処理したらいいのかわからないから。
「し、深司くんっ、深司くんっ!もう私のことはウザくていいから!でも頑張ってきたことまで否定しなくていいんだよっ」
キュッとジャージの裾を握られた。
「大体情けなくないよ!練習頑張ってた深司くんはカッコイイから!来年もまた見に来るからっ」
声音を聞いて泣いてるのかな……って、泣かせてしまったかなとか考えたけど、振り向いたら詩織は泣きそうではあったけど、笑ってくれる。
「……ハンカチいる?そ、それとも胸を貸しちゃう?!」
「え……、あ……」
気づいたら、つぅっと一筋だけ悔し涙を流してたのは俺だった。
かっこ悪い……。
なんで泣いてんの、俺。
できるだけ明るい声を出そうとしているらしい詩織を見て、言葉が詰まる。
「……無理して、笑顔作ってるのバレバレなんだけど……、その顔不細工だよ」
「不細工なのは元々だから仕方がないねっ」
「……あぁ、そうかも……仕方がないよな、それじゃあ」
一生懸命吐き出した台詞はやっぱり憎まれ口しか出なくて。
それなのにアホみたいに笑ってる詩織が愛しくて眩しかった。
「……必死なのが可哀想だから……胸を借りてあげてもいいよ」
「はーい、深司くんに借りてもらえて幸せ者ですよー」
「…………その言い方、ムカつく」
また笑った詩織の声が耳に心地良い。
コツンっと、詩織の額に額を合わせた。
体温が違う。
感触が違う。
俺とは違う匂いがする。
その全ての違いに胸が苦しい。
「……あ……詩織、俺より小さいから胸借りるなら向こう戻ってからじゃないと借りれないな……あーあ……そんなことしたら目立つだろうな……でも別にいいか。どうせ俺の事なんて誰も気にしてないんだし」
ボソボソ呟いたセリフに詩織が額を離して、ぎゅっと汗ばんだ俺の手を引いた。
「じゃ、戻ろう!」
ちょうどコートに戻ったら、神尾と石田が棄権となったところで、またボロボロの二人に眉間に皺を寄せる。
もっと練習すれば良かった。
もっともっとキツいトレーニングを重ねたら、この結果に違いはあったんだろうか。
悔しくて悔しくて、俺自身の力不足が嫌になる。
「……深司くん」
選手控えの後ろのベンチまで歩いて、そこで詩織の隣に腰をかけた。
神尾と石田も近くに項垂れるように座る。
トンっと詩織の胸を借りた。
少しだけ頭を預ける程度だけど……。
さっきの小さいって言ったことを気にしていたのか、ずっと詩織が立ってたままだったから。
もしかしたら、俺がこうするのを待っていたのかもしれない。
「橘さん……すみません」
コートに入った橘さんの背中にそっと謝る。
その瞬間にギュッと詩織が俺の頭を寄せるようにして包んだ。
優しい匂いと柔らかい感触に頭の中が一瞬真っ白になる。
暫く何も考えられずに、ただ身を預けた。
だけど医務室に向かう前、何かあった時のためにと持たされていた自分のスマホがズボンのポケットの中で振動しているのに気づく。
そっと取り出して画面を見たら小さな通知文が目に入った。
善哉(光)>何しとんねん。離れろや
見なかったことにして、今度は詩織の腰に腕を回す。
善哉(光)>しばくで
また震えたスマホの画面を確認したら、同じ文が三回届いていた。
……怖いんだけど。そしてウザい。
チラリと対戦相手側である四天宝寺の控え選手のベンチを見たら、財前が物凄い形相でこっちを睨んでて。
ふっとその瞬間に口角が上がってしまう。
……試合に負けて勝負に勝った、ってこういう時に使うんだっけ。なんてぼんやりと思いつつ、橘さんの勝利を心から願った。
まだ、負けてない。
まだ、俺たちは──
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