試合前に詩織から送られてきたメッセージはたったそれだけ。
だけど、妙に心が温かくて思わず画面に向かって目を細めた。
Liliadent>Okay
こちらも短く返してから、元々名古屋聖徳中の日本人であるチームメイトの試合へと視線を向ける。
そして対戦相手の控え選手へと視線を向けたら、千石サンがいて。
今ダブルスで試合をしている選手たちも、先日花火が上がっていた夏祭りで一緒だった。
少し知り合ったからといって、手を抜くことはしない。
といっても、今日は僕たち留学生メンバーに出番は無さそうだが……。
それに千石サンも、先日言葉を交わした室町サンも。
詩織を見る目が僕と一緒だとわかった。
あの夜は他にも多くのライバルがいて。
詩織と話すと胸に広がる心地良さを皆知っているのだ。
「……残念デース」
ぽつりと呟いた日本語。
少しずつ理解できる言葉が増える度に、僕の世界は広がっていく。
ただ今回の言葉は好意を示すためのものでは無い。
君たちが僕達に勝つことは無いだろう。
残念ながら、君たちはここで終わりだ。
千石サンや室町サンが負けたら、きっと詩織は悲しむだろう。
それとも僕を少しは見直してくれるだろうか?
考えてもわからない。
彼女はいつも彼女の中で答えを見つけ出し、その心で話しかけてくる。
いつも予想外なセリフで僕を振り回していたあの日々。
彼女から言わせれば僕が彼女を振り回していたらしいが……。
苦々しいと言えども、大切な忘れたくはない思い出の数々を思い出して、僕はまた口角が知らず知らずのうちに上がっていた。
冷酷無比なプレイスタイルで『アイスマン』と呼ばれている僕の表情が緩むのは、仲間たちからすれば気持ち悪いのかもしれない。
振り返って僕を目にしたマイケルが少しぎょっとしていたように見えた。
誤魔化すように瞼を閉じて、タオルで額を拭う。
チームメイトたちの視線はもう僕から興味は離れ、目の前の試合に移った。
ただ自分たちの強さを知っているから、あまり集中しているようには見えない。
淡々と消費されていく試合を眺めているといったところだ。
「shit……」
……日本の夏は暑すぎる。
湿気が多いからだというのを昔詩織から聞いた気がした。
「……I’ll never let her go to anyone」
彼女の笑顔を思い出して、また呟いた言葉は、崩れ落ちた君たちに捧げよう。
テニスでも恋愛でも──
勝者と敗者しかいないのだから。
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