葵くんを初めとした六角の皆の声がその辺一帯に響き渡る。
忍足先輩の試合を観ながらだったので、一瞬何があったのか分からなかった。
倒れ込んだ六角の監督であるオジイさんに六角の皆が心配そうに駆け寄っている。
「……どうやら、ワザと……当てたみたいね」
「え……?え、甲斐さんが?事故じゃなくワザと……?」
ちーちゃんの言葉に信じられないように彼女と甲斐さんを交互に見た。
そうしたら、ちーちゃんがビデオモードで撮影していたらしい試合の様子を見せてくれる。
「…………うん」
本当だった。
甲斐さんはワザとオジイさんにぶつけたのだ。
いつの間にか六角と比嘉の試合を見に来ていたらしい青学レギュラーの皆さんがいた。
比嘉の皆さんを睨みつけて怒っているし、六角の皆は佐伯さん以外が運ばれていくオジイさんについてコートを出ていってしまう。
「ちーちゃん、氷帝の試合、私の代わりに見ててもらってもいいかな?!」
オジイさんとはきちんと会話したことがなかったけど、いつもそこにいて六角の皆から好かれていることは見ててわかった。
たまに確信をついたような発言をすることがあって、すごいなと尊敬していたのだ。
「あ、葵くん!もう救急車呼んだの?」
走りながら六角の皆を探して電話をかける。
でも電話に出てくれた葵くんが救急車に乗ったということを聞いて、追いかけるのは諦めた。
葵くん以外のメンバーも皆タクシーを使ったりして、病院まで追いかけたらしい。
『……ごめん、夢野さん!サエさんを、よろしくお願いしますっ』
力なくそう言った葵くんに「うんっ!任せて」と力いっぱい返事をする。
それから電話を切って、元来た道を戻ろうとしたところで、私は誰かにぶつかってしまった。
「──だぼっ!そんな言うても、しゃーないやろ。なんなん、そんぬかし方、ごっつーごーわくわぁ!立海の試合ないねんから、しゃーないやん!まちごーてもーてんもん!はっ?!月光さんに告げ口はあっかい……って、ほんまにあっかい!自分べっちょないか?!」
激し過ぎる関西弁に最早何言ってるか分からない。
でも、ぶつかって尻もちを着いてしまった私を心配してくれてるのか、その人は手を差し伸べてくれた。
「べっちょない……?」
「あ、大丈夫かって」
へへっと笑顔を向けてくれたお兄さんは天然パーマが特徴的なお兄さんだった。
お兄さんが差し伸べてくれた手を掴んで、引き起こしてもらう。
「わっ?!」
「おっと……」
力が強いのかよく分からないけど、グイッとその引き寄せる力がすごくて、私はお兄さんの胸に抱きついてしまった。
恥ずかしくなって慌ててお兄さんの胸元を手のひらで押す。っていうか、この人大きい。
「す、すみ、すみません!!」
「ははっ、ええよ。……それよりごじゃ乳が柔らか……いやなんもないで?」
人の良い笑みを浮かべたお兄さんだが、なんかよからぬ事が聞こえた気がしたので、私は「ぶつかってすみませんでした!起こしてくださってありがとうございました!」と早口で吐き出してから、その場から逃げることにした。
何より一人で戦ってる佐伯さんが心配なのである。
「……待ち」
「えっ?」
だというのに、お兄さんの手が私の手首を掴んで引き止めてきた。巨人に捕まった小人のようにビクッと硬直してしまう。
「んー……なんやろ。……自分のこと、なんや知っちょるよーな……、立海、そや立海におらんかった?!」
「え、あ、あの……確かに少しだけはいましたけど……」
「おお、ホンマに?!や、それでやなぁ!なんや見たことあるっちゅーか、既視感あってなぁ!!あ、自分、名前なんて言うん?名前聞いたらわかるかもしれへんし」
「……夢野詩織です。あ、あの、私、本当に急いでて!すみません、失礼しますっっ」
掴まれていた手首を上下に大きく振って、お兄さんの手が離れたところでダッシュで逃げ出した。
後ろで「ははっ、逃げられてもーたわ」とかお兄さんの呟きが聞こえてきたが知るもんか!
コートに戻ったら、佐伯さんがちょうど最後の一球を落としているところだった。
ふらっと倒れそうになった佐伯さんの元に思わず駆け寄る。
「佐伯さんっ!!」
「あ……ははっ、夢野さんか。俺の事苦手だったんじゃ……」
「もう、そんな軽口言えるなら大丈夫そうですね。これ、葵くんに聞いた病院の詳細です」
「ありがとう……」
肩を貸して驚かれたのは心外だったけど、弱々しく笑った佐伯さんが少しでも気が紛れたのならいいなと思った。
「……ごめん、もう少しだけ……」
「あ、は、はいっ」
ぎゅっと抱き締められて、耳元で囁かれた台詞にドッキリしてしまって、今はそういうアレじゃないからっ!と自分に心の中で怒る。
それから、病院に行く佐伯さんの後ろ姿を見送りながら、チラリとも比嘉の皆さんのことを見れなかった。
氷帝の応援席に戻って、ちーちゃんの横に座ってからやっと比嘉の皆さんへと視線を向けることが出来る。
だけど甲斐さんと目が合った気がして、思わずすぐ下に俯いてしまった。
取り敢えず、オジイさんが無事なことを心から願うのだった。
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